『大日本史料』 11編 別巻1 p.217

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して、大いに思慮ある返答をなしたれば、諸人は彼等の成熟し、智慮あることを認めて、, も、答禮の訪問をなしたるものありたり、されど、やがてグレゴリヨの死によりて、双方, により、厚く使節の保護を依託せられゐたれば、彼等に對し、常に親切を盡し、ローマ滯, 大いに滿足せり、同時に公子等は、樞機卿等を一人宛訪問し始めたり、樞機卿のうちに, にイスパニヤ國王の大使等の來訪開始せられたり、就中、イスパニヤの大使は、國王の書翰, これを用ひざることとなしたり、そののち、皇帝、フランス國王、ヴェネティヤ大統領、竝び, を與へたり、このとき彼等は日本服を著用せしも、我等の服裝と大いに異なるため、爾後は, 共停止するに至りしことは後に述ぶべし、要するにローマ滯在のこの期間は齊しく歡喜に, 在中、種々の禮遇を爲して倦むことなかりき、またローマ市會は、コンセルヴァトーリ、, りたる信心を喜び、祝福する旨を述べたり、これに對して、ドン・マンシヨは、通譯を介, その他の吏員が、多數の紳士と共に、慣例によりて、盛大なる訪問をなし、辭令を盡し、, 殊に使節等が極めて長途の旅行を恙なく終りたること、またかくの如き旅行を企つるに至, 等を隨へて、ミネルヴァ寺院に赴きたり、その際、公子等にも馬に乘りて同行することを, 命じ、街上に於いても、また寺院に於いても、最も名譽ある位置、即ち聖父の直前の位置, 樞機卿等ヲ, 訪問ス, 寺二赴ク, みねるうあ, 天正十年是歳, 二一七

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  • 樞機卿等ヲ
  • 訪問ス
  • 寺二赴ク
  • みねるうあ

  • 天正十年是歳

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  • 二一七

注記 (20)

  • 616,599,57,2259して、大いに思慮ある返答をなしたれば、諸人は彼等の成熟し、智慮あることを認めて、
  • 376,597,57,2296も、答禮の訪問をなしたるものありたり、されど、やがてグレゴリヨの死によりて、双方
  • 1200,603,56,2298により、厚く使節の保護を依託せられゐたれば、彼等に對し、常に親切を盡し、ローマ滯
  • 495,593,57,2297大いに滿足せり、同時に公子等は、樞機卿等を一人宛訪問し始めたり、樞機卿のうちに
  • 1316,606,57,2294にイスパニヤ國王の大使等の來訪開始せられたり、就中、イスパニヤの大使は、國王の書翰
  • 1432,605,56,2291これを用ひざることとなしたり、そののち、皇帝、フランス國王、ヴェネティヤ大統領、竝び
  • 1547,603,57,2291を與へたり、このとき彼等は日本服を著用せしも、我等の服裝と大いに異なるため、爾後は
  • 254,592,60,2297共停止するに至りしことは後に述ぶべし、要するにローマ滯在のこの期間は齊しく歡喜に
  • 1083,595,56,2261在中、種々の禮遇を爲して倦むことなかりき、またローマ市會は、コンセルヴァトーリ、
  • 735,598,57,2294りたる信心を喜び、祝福する旨を述べたり、これに對して、ドン・マンシヨは、通譯を介
  • 968,598,57,2264その他の吏員が、多數の紳士と共に、慣例によりて、盛大なる訪問をなし、辭令を盡し、
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