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スパニヤより彼等渡來の報を得たるが、そは服從を表するために非ずして、信心のため、, はこのことにつきて余と語り、イスパニヤ國王がこのことを喜ばるべきか否かを知らず、, 國王はポルトガル領インドとの關係により、彼等と境を接するが故に、彼等もしキリシ夕, 車二輛と乘合馬車一輛とが續きたり、彼等はアルティエリの廣場の上に在る耶蘇會の僧院, の門前にて馬車を降り、同所に宿泊せり、夜半宮中に赴きて教皇の御足に接吻する筈にし, て、第三の國王のために來れるは貴族なり、また、かの王達は、孰れも甚だ有力なる者な, また見物のためなりとあり、故にこの式は彼には意外なりと言へり、ヴェネティヤの大使, 整ひたる由なり、かの大使はまた、余に語りて、昨夕イスパニヤ大使を訪問せしとき、イ, 本人は三人にて、三國王より服從を表せんと渡來せる者なるが、うち二人は國王の孫にし, て、既に同所に赴きしならん、教皇は本日甚だ喜びてヴェネティヤの大使と語れり、この日, ンに非ずば、他日彼等の國を征服する權利を有すべきが、今はそのこと正當ならざるべ, れば、何物をも見ず、また街上の人にも見らるゝことなかりき、彼等の馬車の後には、馬, りと傳へらる、明日樞機卿等列席の公式〓見を行ふべく、サラ・レジアにては既にその準備, せる騎兵の一隊が同行し、馬車に乘りて市に入りたり、馬車は革を以て覆ひ、扉を〓した, ノ公式〓見, 使節等ノ身, いすぱにや, 大使使節等, ヲ意外トス, 分, 天正十年是歳, 二七一
頭注
- ノ公式〓見
- 使節等ノ身
- いすぱにや
- 大使使節等
- ヲ意外トス
- 分
柱
- 天正十年是歳
ノンブル
- 二七一
注記 (22)
- 711,617,59,2257スパニヤより彼等渡來の報を得たるが、そは服從を表するために非ずして、信心のため、
- 476,618,60,2257はこのことにつきて余と語り、イスパニヤ國王がこのことを喜ばるべきか否かを知らず、
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