『大日本史料』 11編 別巻2 p.2

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同じ一五八五年の七月三日, の敬虔と權勢とによりて、恐らく彼等が到底豫想し得ざりし程大いなる名譽と慈愛との歡, て、モンテファルコ及びアッシジの如き聖所を訪れて、稀有の敬虔の模範を垂れしことあ, りたり、彼等の訪れし地に於いては、小村に至るまで、何處も大なる崇敬と名譽とを表し, 立寄らしめんことを〓に請ひたり、もし彼等の直路より甚しく外れたること(また日本出, る旅程より隔ること遠からざりしため、これを阻むこと能はざりき、また數度順路を枉げ, ば、皇帝リドルフォ二世、フランス國王アリゴ三世及びサヴォイヤ公爵カルロ・マノエロ, 送別を受け、またその日は騎兵二箇中隊終日行を共にせり、これより曩、グレゴリヨの在, 發以來既に四十箇月に及びたること)、その他多くの理由によりてこれを謝絶することなく, 迎を受けしことは疑なきところなり、たゞヴェネチヤ及びフェルララは彼等がロレトに至, 世中に、皇帝、竝びにイスパニヤ國王、ヴェネチヤ共和國、サヴォイヤ公爵、フェルララ公, たり、もし冗長に亙ることを厭はずば、欣びてこれを詳述すべきなり、則ち武裝の兵士、, 内を通過せしむべきことを以てせり、さらにまた、マドリッドに至る途中に、フランスに, 爵の大使等は、孰れもその主君の名に於いて、教皇に請ふに、一行をして歸途に彼等の領, ローマを出發せり、數マイルの間、多數の貴人の, 月六日ニ當ル, ○天正十三年六, ろーまヲ出, 發ス, 天正十年是歳, 二

割注

  • 月六日ニ當ル
  • ○天正十三年六

頭注

  • ろーまヲ出
  • 發ス

  • 天正十年是歳

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注記 (21)

  • 1802,610,57,688同じ一五八五年の七月三日
  • 872,615,60,2291の敬虔と權勢とによりて、恐らく彼等が到底豫想し得ざりし程大いなる名譽と慈愛との歡
  • 523,613,59,2284て、モンテファルコ及びアッシジの如き聖所を訪れて、稀有の敬虔の模範を垂れしことあ
  • 405,607,64,2295りたり、彼等の訪れし地に於いては、小村に至るまで、何處も大なる崇敬と名譽とを表し
  • 1217,613,64,2297立寄らしめんことを〓に請ひたり、もし彼等の直路より甚しく外れたること(また日本出
  • 637,609,61,2297る旅程より隔ること遠からざりしため、これを阻むこと能はざりき、また數度順路を枉げ
  • 988,614,58,2278ば、皇帝リドルフォ二世、フランス國王アリゴ三世及びサヴォイヤ公爵カルロ・マノエロ
  • 1680,612,64,2292送別を受け、またその日は騎兵二箇中隊終日行を共にせり、これより曩、グレゴリヨの在
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  • 756,609,60,2296迎を受けしことは疑なきところなり、たゞヴェネチヤ及びフェルララは彼等がロレトに至
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