『大日本史料』 11編 別巻2 p.160

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彼等の到著後も、貴下が彼等と同伴せんことを希望せられたり、貴下に云々、, 〔イタリヤ國マントヴァ文書館文書〕, ツトに案内し、最後に今後與へらるべき命令に從ひて當市に案内せらるべし、大公殿下は, をなすべき旨の通知に接したれば、貴下は領境に於いて彼等を出迎ふるため、適當なる時期, にポンテ・モリノに著し、レヴェレまで同行し、次にクィンゼントーレ及びサン・ベネデ, 城内より, 當領の境まで日本の公子等を出迎ふるために大公殿下は貴下を選定せられたり、しかして, 一五八五年七月三日, 一五八五年七月四日, 右公子等は來る土曜日, 夕刻レヴェレに著し、同所に於いて最初の宿泊, 顯榮なる貴下の忠實なる, (歐文材料第百四十八號譯文), ツルロ・ペトロザ二, マントアの司令官ムツィオ・ゴンザガ宛令書案, モンテジャナより, 月六日ニ當ル, 爵書記室文書, ○七月六日ニシテ、天正, ○天正十三年六, マントヴァ公, 十三年六月九日ニ當ル, ○天正十三年六, 月七日ニ當ル, 内役, 使節等ノ案, 天正十年是歳, 一六〇

割注

  • 月六日ニ當ル
  • 爵書記室文書
  • ○七月六日ニシテ、天正
  • ○天正十三年六
  • マントヴァ公
  • 十三年六月九日ニ當ル
  • 月七日ニ當ル

頭注

  • 内役
  • 使節等ノ案

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 一六〇

注記 (28)

  • 379,615,58,1957彼等の到著後も、貴下が彼等と同伴せんことを希望せられたり、貴下に云々、
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