『大日本史料』 11編 別巻2 p.162

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み云々、, 〔イタリヤ國マントヴァ文書館文書〕, 一五八五年七月四日, しむべく余に命ぜられたり、右公子等は同所に於いて乘船し、水路入市すべし、終りに臨, の公子等を出迎へてレヴェレまで案内し、更に領内を通過してピエトレに至る準備をなさ, ーレに於いて正餐をなすべきにつき、大公殿下には、次の夜彼等を貴僧院に宿泊せしむる, 日本の公子等の當市來訪に當り、最初の宿泊はレヴェレに於いてなし、翌朝クィンゼント, なる準備に著手せらるべき旨を通知すべく余に命ぜられたり、今日までに當所に於いて得, 城内より, ことに決定せられたり、されば、大公殿下は、貴師が彼等の名譽を表し、款待するに必要, サン・ベネデット僧院の長老宛令書案, たる報告によれば、右公子等は來る日曜日, (歐文材料第百五十一號譯文), また食事をなし、食後出發して、夕刻遲く當市に到りて、莊嚴なる入市をなす筈なり、右, 夕刻、貴院に著し、翌朝も, 十三年六月十日ニ當ル, ○七月七日ニシテ、天正, ○天正十三年六, マントヴァ公, 月七日ニ當ル, 爵書記室文書, でつとニ宿, さん・べね, 泊ノ豫定, 天正十年是歳, 一六二

割注

  • 十三年六月十日ニ當ル
  • ○七月七日ニシテ、天正
  • ○天正十三年六
  • マントヴァ公
  • 月七日ニ當ル
  • 爵書記室文書

頭注

  • でつとニ宿
  • さん・べね
  • 泊ノ豫定

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 一六二

注記 (26)

  • 1555,583,54,182み云々、
  • 1153,581,79,1187〔イタリヤ國マントヴァ文書館文書〕
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