『大日本史料』 11編 別巻2 p.223

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れたり、されど教皇は數日後に薨じたり、右使節は最初の旅行に於いて受けたると同じ歡, 迎を受け、故郷に向けて出發せり、ゼノヴァは曩に通過せざりしが故に、その歡迎は甚だ, しめたり、のち政廳を訪問し、市の主要なる箇所を見物し、イスパニヤに向けて出發せり、, 貴族四十二名が出迎へてゼノヴァに導き、公の經費を以て耶蘇會のパードレの許に宿泊せ, 迎を受け、鄭重なる待遇を以て宿泊せしめ、またローマに於いては、特に公式〓見を許さ, 中浦、ドン・マルチノ・原にして、孰れも二十乃至二十二歳の青年なり、彼等は同パードレ, 盛大にして、國境に於いては二名の貴族が出迎へ、ポンチェヴェラ河には上院の派遣せる, に著せり、ヨーロッパに著きてより、その通過したる諸國、竝びに君主より最も盛大なる歡, とともに、一五八五年二月二十日, してその從弟なる大村侯の太子なるドン・ミゲルの千々石、王族なるドン・ジュリヤノ, ゼノア元老院記録, 〔イタリヤ國ゼノア市文書館文書〕(歐文材料第百八十一號譯文), 長崎を發し、三年一箇月ののちにローマ, ○天正十年正月ニ, 十八日ニ當ル, ケル歡迎, ぜのあニ於, 天正十年是歳, 二二三

割注

  • ○天正十年正月ニ
  • 十八日ニ當ル

頭注

  • ケル歡迎
  • ぜのあニ於

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 二二三

注記 (19)

  • 1215,611,69,2306れたり、されど教皇は數日後に薨じたり、右使節は最初の旅行に於いて受けたると同じ歡
  • 1098,609,67,2305迎を受け、故郷に向けて出發せり、ゼノヴァは曩に通過せざりしが故に、その歡迎は甚だ
  • 747,616,67,2254しめたり、のち政廳を訪問し、市の主要なる箇所を見物し、イスパニヤに向けて出發せり、
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