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の他イタリヤ各地を巡歴したるのち、教皇シストの書翰を携へてマドリッドに歸りたり、, を博するにあり、彼等は日本の公子等の受けたる進物の大部分を收得せり、彼等はまた教, ムの十字架の遺物とを持歸りたり、彼等は八七年にインドに還り、大いなる歡喜を以て迎, 彼等はまた、日本のキリシタン諸王に對する神聖なる贈物として、數箇の聖寶とエルサレ, れたるが、その主要なる目的は、これによりて、當地に於いて大いなる利盆を得、名聲, 及び貴族等より大いに歡迎せられ、名譽の待遇を受け、また種々の物を贈られたり、, 日本人を一〓動かしてキリシタンとならしめ、また、これまでヨーロッパの強大壯麗なる, 等より、同じく大いなる名譽の待遇を受け、フロレンス、ヴェネティヤ、フェルララ、そ, ことを語るも、これを信ぜざりしにより、これを信ずるに至らしめんためなりしと傳へら, へられたるが、當時余はなほ同地に在りたり、彼等は再び日本に向け航海し、同國に著き, 彼等は同所よりローマに向ひて教皇の許に到り、教皇、樞機卿一同、竝びにイタリヤの大身, て日本の人々を大いに驚嘆せしめたり、耶蘇會士が(その言によれば)この事をなしたるは、, し、八三年にはインドのゴア市に著きたるが、そは余のインド到著の年なり、彼等はその, まゝ同市に留まり、翌年ポルトガルに渡り、同所よりマドリッドに赴き、イスパニヤ國王, 使節等派遣, ノ目的, 天正十年是歳, 二八一
頭注
- 使節等派遣
- ノ目的
柱
- 天正十年是歳
ノンブル
- 二八一
注記 (18)
- 1201,598,62,2263の他イタリヤ各地を巡歴したるのち、教皇シストの書翰を携へてマドリッドに歸りたり、
- 272,592,67,2305を博するにあり、彼等は日本の公子等の受けたる進物の大部分を收得せり、彼等はまた教
- 965,609,66,2289ムの十字架の遺物とを持歸りたり、彼等は八七年にインドに還り、大いなる歡喜を以て迎
- 1085,590,63,2298彼等はまた、日本のキリシタン諸王に對する神聖なる贈物として、數箇の聖寶とエルサレ
- 390,594,67,2300れたるが、その主要なる目的は、これによりて、當地に於いて大いなる利盆を得、名聲
- 1569,593,63,2153及び貴族等より大いに歡迎せられ、名譽の待遇を受け、また種々の物を贈られたり、
- 625,599,64,2294日本人を一〓動かしてキリシタンとならしめ、また、これまでヨーロッパの強大壯麗なる
- 1318,594,64,2304等より、同じく大いなる名譽の待遇を受け、フロレンス、ヴェネティヤ、フェルララ、そ
- 509,595,67,2301ことを語るも、これを信ぜざりしにより、これを信ずるに至らしめんためなりしと傳へら
- 856,605,65,2291へられたるが、當時余はなほ同地に在りたり、彼等は再び日本に向け航海し、同國に著き
- 1443,593,64,2306彼等は同所よりローマに向ひて教皇の許に到り、教皇、樞機卿一同、竝びにイタリヤの大身
- 742,598,64,2290て日本の人々を大いに驚嘆せしめたり、耶蘇會士が(その言によれば)この事をなしたるは、
- 1800,597,67,2294し、八三年にはインドのゴア市に著きたるが、そは余のインド到著の年なり、彼等はその
- 1687,595,62,2301まゝ同市に留まり、翌年ポルトガルに渡り、同所よりマドリッドに赴き、イスパニヤ國王
- 796,211,41,219使節等派遣
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- 179,749,44,260天正十年是歳
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