『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.116

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前酉の年、, 其内に、龍は雲に乘して、海水をまきあけ、くじやく、ほうわうは、つばさをな, らへて舞さかる、是をふりさけみんとすれは、天津光うつろひ、まはゆくし, 領あられ、家作被申付候外樣大名方の、屋敷〳〵の儀は、大方其時代の普請, 見しは今、江戸町の道、雨少ふりぬれは、とろふかうして、往來安からず、去程, ち、あたりへよりかたし、かゝる廣大なる御時代にもあひぬる物かな、, 入國の砌りの家作等も間々相殘り慶長五年已後、御當地に於て、居屋敷拜, をふるひ、獅子かはかしらするふせい、誠に生てはたらくかと、身のけよた, て、其かたちさたかに見えかたし、軒のめくり、門のほとりには、虎か風に毛, りに有之たる事に候哉、又は輕重のたかひなとも在之候哉、答曰、七十年以, 江戸町の道とろふかき事, 問曰、御當地侍屋敷、町方、寺社等の普請家作抔の儀は、以前より、只今迄の通, のまゝにて、有之たる事にて、其節、井伊掃部頭殿上屋敷の儀は、已前、加藤清, 大火事の節迄は、御譜代大名衆の居屋敷なみには、關東御, に、足駄のはの高きを、皆人このめり、, 〔落穗集追加〕四江戸、武家、町方、寺社等、普請の事, ○下, ○明暦, 略, 三年, 明暦大火, 建築ノ比, 泥濘, 前後家屋, 江戸道路, 較, 慶長八年三月三日, 一一六

割注

  • ○下
  • ○明暦
  • 三年

頭注

  • 明暦大火
  • 建築ノ比
  • 泥濘
  • 前後家屋
  • 江戸道路

  • 慶長八年三月三日

ノンブル

  • 一一六

注記 (28)

  • 510,654,61,289前酉の年、
  • 1796,657,58,2196其内に、龍は雲に乘して、海水をまきあけ、くじやく、ほうわうは、つばさをな
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