『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.266

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らひやうしの舞しなり、是を男舞とも、いにしへはいひしとぞ、いつの比ま, こたへ、男の裝束にて歌舞す、それをかぶきといひなしきたれる也、むかし, は、しろきすいかんに、さうまきさして、ゑほしを引いれ、今やうをうたひ、し, てか、此所にても、たはれめどもの舞しに、みな人六根をなやまし、心を六塵, れは、國のさまたけ、民のりつらひ止事なしと、所司代より、うかれめの歌舞, 本土佐〓ガ、淨瑠璃曲, そめし也、このみこ、佛號をとなへ、鉦をならし、念佛おとりせし後、又刀をよ, シコトハ、九年春、森忠政ノ津山築城ノ條下ニ附載ス、參看スベシ、, ちがりんきもいとはず、くる日もこぬ夜も、心はこはゝに置て、かたちはくら, の錢箱をたゝく、かぎりあるたからに、盡なきたはふれをこのみ、親をしの, ナラン、今、其事蹟ヲ下ニ附載セリ、又、其井戸宇右衞門ト刃傷シテ死セ, び、妻をはかれ共、あこぎが浦にひくあみの、目もしげにればあらはるゝ、さ, にとらかし、たつらをなげうち、あるは父母の養をかるりみず、あるはこも, ニ作リ、尋デ、之ヲ戲場ニ上セシニヨル, 妓を法度せらるゝ也、, 〔京童〕一四條河原、そも〳〵、かぶきといふは、出雲神子の舞をまなひ, 曲名、名護, 屋山三, ノ害毒, 歌舞妓躍, 慶長八年四月是月, 二六六

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  • 曲名、名護
  • 屋山三

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  • 二六六

注記 (22)

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