『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.876

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に出御の時は、非色の者は御役にいらさるか故也、命婦二人は、清凉殿の東, も肴も伊豫つとむ、それより次々の釆女、女官、女嬬に至りて、同人酌にてと, す、節朔ことにかくの如し、小朝拜あれは、御そく帶を著しめ給ふ、四方拜の, 時に同し、小朝拜のしたい、又記するに及はす、終りて還御、暫ありて節會事, の間をへて、ひさしの南第一の間を出て、御さきにゆく、職事共扶持す、南殿, をし有、肴は或は二の釆女つとむ也、各たんさしきにてのむ、是正月に限ら, 釆女合力す、内侍二人、髮を上て後、劒璽を案, 風の外に候す、出御の時是をとりて、議定所の東より出て、母屋の南の第二, のすのこの、北の妻戸より出て、御後にゆく、節會の事、又次第にゆつりて筆, て、申の口にて、伊豫にのましむ、肴も同人役す、伊豫、盃を二の釆女に傳ふ、酌, を指おく也、近年立樂の頃還御、其後、坊家そうなと奏すれは、内侍ひとへ衣, 具するのよしを申せは、又清凉殿へならしまして、御そく帶ありて出御、是, て、清凉殿の北の上段に暫く案す、大宋の屏風を引めくらして、内侍二人屏, よりさき、内侍二人、命婦二人、便宜の所にて髪上す、二の釆女是を役す、四の, きて、大はん所へ出て、妻戸の簾の下よりとり入て奏す、齒固は陰陽頭勘文, なから舁出し, 二階厨子也、いつ, 頃よりの事か, 齒固, 節會, 慶長九年正月一日, 八七六

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  • 二階厨子也、いつ
  • 頃よりの事か

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  • 齒固
  • 節會

  • 慶長九年正月一日

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  • 八七六

注記 (22)

  • 473,646,66,2217に出御の時は、非色の者は御役にいらさるか故也、命婦二人は、清凉殿の東
  • 1660,648,67,2214も肴も伊豫つとむ、それより次々の釆女、女官、女嬬に至りて、同人酌にてと
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