『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.46

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近代碑の文を刻む事、是初とそ聞へし、, 大明に入て、朝廷にて筆談せし僧也、凡禪碑の銘をしるせし事、古代は有り、, ふ、筑前守、如水の心に通せす、近つひて密に云ふは、諸臣畏れ憂ふ、少し寛く, 如水の爲に曹洞宗禪寺を建て、龍光山圓清寺と號す、今に在、, したまへと、如水耳をよせよとて、是は汝かため也、亂心に非すとて、小聲に, て云、病氣甚く、殊に亂心の體也、別に諫むへき人なしとて、其子筑前守に云, まはり、長政の事頼思召よし命せらる、其後利安、我領地上座郡志波の里に、, 云はれしは、諸臣にあかれて、早く筑前守殿の代になれかしと思はせん爲, なり、, したまふ、此時豐後陣を着給ひし、がうしの胄、唐皮おとしの鎧を利安にた, 〔老人雜話〕黒田如水病おもり、死前三十日許の間、諸臣を甚罵辱す、諸臣驚, 〔増盆黒田家臣傳〕一栗山備後利安傳〓上慶長九年三月廿日、如水卒, ○下略、下二, 見エタリ、, 略, ○上, 如水長政, 計リテ諸, 栗山利安, 如水ノ爲, ニ寺ヲ創, ノタメ二, 近代碑文, 臣ヲ痛罵, ノハジメ, ス, 慶長九年三月二十日, 四六

割注

  • ○下略、下二
  • 見エタリ、
  • ○上

頭注

  • 如水長政
  • 計リテ諸
  • 栗山利安
  • 如水ノ爲
  • ニ寺ヲ創
  • ノタメ二
  • 近代碑文
  • 臣ヲ痛罵
  • ノハジメ

  • 慶長九年三月二十日

ノンブル

  • 四六

注記 (28)

  • 1690,677,59,1144近代碑の文を刻む事、是初とそ聞へし、
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