『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.59

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しかるにをいては、東照宮御旗を旋され、三成を征伐あらむ、御勝利のゝ, して、中津川より船にとり乘て、まつ豐後國にいたり、敵味方の要害を巡, いまた決せさりしかは、喩して御味方となし、また細川忠興等とはかり, もつて、速に家臣を具して御館を守護し、かつ福島正則、加藤清正等、其意, 大阪伏見もの騷しかりしとき、如水きかつてより、東照宮の恩惠深きを, 第しめ、やかて中津川にかへる、このとき、大友義統はかつて太閤の勘氣, て、利家と御和睦をとゝのへ、しは〳〵無二の志をあらはす、五年、上杉景, 其餘畿内に近き御味方の城々をせめうつの聞へあり、孝高おもへらく, 等の、形勢をうかゝひ、また細川忠興の持城木付にいたり、其家臣松井佐, 起せさる先に、力の及はむほとはうち從へむとて、家臣わつかにめしく, 渡康之、有吉四郎右衞門立行等に下知し、要害をかたくし、防戰の備を設, ち軍を出さは、時勢をはかりて忠志の薄きに似たり、鄰國の敵いまた蜂, 勝を征したまふのときは、所領にあるのとこはろ、三成謀叛して、伏見、大津、, 見せむかため、垣見和泉守一直か居城富來、熊谷内藏允直陣か居城安喜, 大阪五奉行の輩密謀をなし、東照宮に背きたてまつるよし風説ありて、, 慶長九年三月二十日, 方ノ要害, 慶長五年, 如水敵味, ヲ探ル, 如水大友, 義統ヲ伐, 如水ト家, 康, 五九

頭注

  • 方ノ要害
  • 慶長五年
  • 如水敵味
  • ヲ探ル
  • 如水大友
  • 義統ヲ伐
  • 如水ト家

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  • 五九

注記 (25)

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