『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.144

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川へ著御之時者、御供の馬上は十騎の内なり、御殿へ御先へ參侍十五六人, 廿人も、小性衆も十人あまりも御先に居候、かやうに候ても、目付と申事も, へり、年寄衆にあひ候ても、小膝をなをすまてのやうに不斷は仕候, の下には、馬上七八十もあり、くつうちかへ候とて、跡へさかり候、それを御, 御番御小性二人御先へ參奉待候、三島御立の御跡には、馬上もなし、御上の, 時も、小田原より三島へ御越之時き、右同前、江戸御立の時も、御隱居くるわ, こにた下々は、夜中にとおり、馬上もこと〳〵く御先へ參、箱根にて、御膳の, はたへ出御目見、馬にのり御供に參候へ共、是もくつ一足かきりなれは、品, なし、おさへのものと申者一人も無御座候、悉皆御主にてはなく、知行を被, 存候て、しはの出口、品川の入口出口、河崎の入口出口には、三人五人充、道の, 總而、家康公、伏見へ江戸より被成御上候時、鑓二本、長刀一ツ、弓一張、はさみ, 誰におそれ可申哉、大御所樣の外に、おそれ可申ものは一人もなしと申あ, 下置、あそはせて御置候と、御供の馬上とも、御殿にてよりあひ物語致し候, 箱二ツ、先へ引馬なとゝ申もなし、御走衆と申候は、當時の歩行の者のこと, くにてはなし、富永主膳、岡部小右衞門、松野茂左衞門、柴田四郎兵衞、小倉加, 走衆, 慶長九年三月二十九日, 一四四

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  • 走衆

  • 慶長九年三月二十九日

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