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也、奧州岩城郡の人なり、父は賀氏, 給ふ、それより寫瓶相承して、今上人に至れり、上人老後に及て、法水の源を, 辯捷を喜ふ、十六歳の春、叔父おもへらく、叢林に入れて秀才の機を發しめ, んと、則同郡の矢目如來寺に投せしむ、それより學海日に深く、智劒夜に磨, たゞさんとにや、弟子呈觀をして、坂本の來迎院につかはし、臺嶺の大徳法, 泉僧正に、大戒を受得せん事をこふ、懇請もだしかたければ、僧正聽許し給, けり、されば論場にしては、毎に席を重ぬるの手なり、次に山崎專稱寺に遊, 和尚は嫡子、今袋中上人は、第三の子なり、, るに、日域淨家の圓頓戒は、みなもと圓光大師、臺嶺の叡空大徳より受持し, くるその意をしるや、答云、錐袋を〓するの意歟と、天蓮社愕然としてその, め、先沙彌戒を授け、名を袋中と呼へり、天蓮社試に問て云、汝を袋中となつ, 學し給ふ、時に年滿二十なり、又大澤圓通寺に往て、大乘圓頓戒を受得す、然, 上人十四歳、正親町御宇永禄八年乙丑三月十四日、花髮を剃、〓衣を著せし, して、内には三寶に歸し、外には忠貞を專にす、男子二人、女子二人あり、以八, 母は幡氏, 繪, 父母ともに心清閑に, ○原本繪ナシ、, 下之二倣フ, 道祐, 法名, ○中, 妙喜, 法名, 略, 袋中ノ事, 蹟, 以八和尚, 慶長十年四月十五日, 九七
割注
- ○原本繪ナシ、
- 下之二倣フ
- 道祐
- 法名
- ○中
- 妙喜
- 略
頭注
- 袋中ノ事
- 蹟
- 以八和尚
柱
- 慶長十年四月十五日
ノンブル
- 九七
注記 (30)
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