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るまひ、日本の耻辱なりとて、領國をのそかれ、佐竹義宣に預けらる、, をよひ黒田長政等かもとにはせて、援兵をこふといへとも、吉統、明兵の, 天正十五年、豐臣太閤より、豐後一國三十七萬石餘を與へられ、そのゝち、, 將李如松、大軍をひきゐて、小西行長か籠れる平壤城を攻、行長使を吉統, 松野を稱す, の恩惠をかうふり、五年關原の役に、御〓下に志をよせ、豐後國に下り、舊, 羽柴氏、をよひ諱字をたまはり、吉統にあらため、文祿二年朝鮮の役に、明, 形勢におそれて、これを救はす、太閤此よしを聞、おほいに怒り、吉統かふ, 臣等を驅催さんと欲すといへとも、いまたその便りを得す、ときに毛利, 慶長のはしめ、京師にありて、屡東照宮、台徳院殿, 吉統母は奈太大宮司鑑元か女、靈陽院義昭より諱字を賜ひ、義統と稱し、, 女子一尾淡路守通春か妻, 養ひて子とし、別に家を起す、これ大友式部大輔義珍か祖なり、, 女子佐子局、東福門院の御所につかへ、のち弟正照か三男近江守義孝を, 女子伊藤權右衞門某か妻, ヲ褫ハルヽ事、文祿二年, 五月一日二其條アリ、, 統封, ○吉, 長熊丸、長, 三、右京, 正照, 女子伊藤權右衞門某か妻, ノ事蹟, 大友吉統, 二於ケル, 朝鮮ノ役, 吉統, 二於ケル, 吉統, 關原ノ役, 慶長十年七月十九日, 三六四
割注
- ヲ褫ハルヽ事、文祿二年
- 五月一日二其條アリ、
- 統封
- ○吉
- 長熊丸、長
- 三、右京
- 正照
- 女子伊藤權右衞門某か妻
頭注
- ノ事蹟
- 大友吉統
- 二於ケル
- 朝鮮ノ役
- 吉統
- 關原ノ役
柱
- 慶長十年七月十九日
ノンブル
- 三六四
注記 (33)
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