『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.380

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家康、林信勝ヲ二條城ニ召見ス、, 旨、御意被成候由, は覺へたるかと仰事あり、光武は高祖九世の孫也と、後漢の本紀に見へ侍, 大相國いまだ内大臣にてまし〳〵けるか, 何樣事を仕候そ、御覽可被成与被仰候へは、取に遣し、御前に持て罷出る、御, 間、御覽被成、御心得に成候事も可有候、其儘致させ候へ、幾度も御覽可被成, は高祖より幾代へたゝりけると尋仰ける、各おぼへ申されざりけれは、汝, 所柿に短册の樣なる者を付、御覽被戌候へは歌也、, 御所柿はひとり熟して落にけり木の下に居て拾ふ秀頼, 穿鑿致し、急度曲事に可申付と被申けれは、神君被仰は、其儘致させ候へ、如, とあり、神君被仰けるは、落書必停止に仕間敷候、神君に御異見仕者はなき, ると申す、又返魂香の事は、何れの書にあるぞとの給ひけれは、皆人覺束な, 倉伊賀守諸司代也、或時、伊賀守、神君へ申上候者、此頃落書仕者多く御座候, にて拜〓し奉りし時、兌長老、倍長老、清原極臈なども祗候せられしか、光武, か弱冠の比、, 二條の御所, 〔野槌〕下五させる事なき事ども自讚するためしに、余, 内大臣ト云フハ誤, 御座トアルニ因ミテ、姑ク茲ニ合敍ス, ○コノ事、年月ヲ記サザレドモ、二條城二, ○家康ヲ、コノトキ, ○信, 勝, ヲ見テ自, ラ誡ム, ニ故事數, 家康落書, 家康信勝, 條ヲ問フ, 落書, 慶長十年七月二十一日, 三八〇

割注

  • 内大臣ト云フハ誤
  • 御座トアルニ因ミテ、姑ク茲ニ合敍ス
  • ○コノ事、年月ヲ記サザレドモ、二條城二
  • ○家康ヲ、コノトキ
  • ○信

頭注

  • ヲ見テ自
  • ラ誡ム
  • ニ故事數
  • 家康落書
  • 家康信勝
  • 條ヲ問フ
  • 落書

  • 慶長十年七月二十一日

ノンブル

  • 三八〇

注記 (32)

  • 884,522,78,1013家康、林信勝ヲ二條城ニ召見ス、
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