『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.381

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國、かの家の書を何とてゑよまざるやと余に仰られたりしに、神代の處を, しに、ゑよまざりけれは、道春を召てよめとの給ふ、則よみてけり、後に大相, 樂府と、東坡詩注とにき、武帝のたきて、夫人の魂を來すとしるし侍ると申, 也けり、藤歛夫の、和歌浦菅神廟碑を書て, は、かなをつけてよみ候が、人皇紀には、かな點すくなく侍る故なるべしと、, 田神龍院、駿府へまかりて、御前にて日本紀、舒明、皇極の所をよめと仰られ, 感し仰られき、慶長乙巳の年, 申す、大相國左右をかへりみ給ひて、年わのきものゝよくおほへたりなど、, 見せられしに、宜攘斥拒絶之不暇、却慫慂之、と云句あり、却字いかゞ侍らん、, されけれは、近比近江甲賀金勝寺の官符は、菅相の親筆なるを見侍りしに、, 菅原朝臣道眞と、位署にたゞしくありといへば、歛夫興に入られ侍りき、吉, きよし也しに、返魂香の事、史漢の本文には見へ候はず、白氏文集李夫人の, す、又屈原か蘭は何をか云と仰られしに、朱文公が注には、澤蘭なりと候と, の字を、而の字にあらたむ、さて菅相の諱を道眞と云事、別に又見るやと申, 而字はまさるへきにや、古文におほき中に、ことに左傳にあまた所、此字法, あるやうに覺ゆと云ければ、けにもさにこそとて、みつから筆をとりて、却, ○十, 年, 家康信勝, 江金勝寺, ヲ賞ス, 自筆ノ近, 二日本紀, ヲ讀マシ, 官符, 家康信勝, 管原道眞, 惺〓ト信, 勝ノ問答, 慶長十年七月二十一日, 三八一

割注

  • ○十

頭注

  • 家康信勝
  • 江金勝寺
  • ヲ賞ス
  • 自筆ノ近
  • 二日本紀
  • ヲ讀マシ
  • 官符
  • 管原道眞
  • 惺〓ト信
  • 勝ノ問答

  • 慶長十年七月二十一日

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  • 三八一

注記 (31)

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