『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.976

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

所に田畑も有て、春は桃、櫻、躑躅などの花も咲、於江戸、貴賤の遊山所に致し、, 此名あるといふ事、古來より申傳ふ、, 前辨慶櫓は、慶長御造營の時、京都の大工辨慶小左衞門作り立しに依て、, ひ、其節は新城と申候と也、去に依て、御本丸とは取はなれ、紅葉山の下通り, 答て曰、我等承り及ひ候は、關東御入國の節、只今の西丸の所き、野山にて、所, 西丸御丸の事, す物は、太田道灌、たとひ何程の城取功者にても、態とたくみて、とらるゝも, 天地庵と申常念佛堂なとも有之候なり、はるか後に、權現樣、御隱居所にも, 富士見矢倉は、道灌以來、城の高みに造り置しものゝ殘りたる也、御玄關, 或人問て曰、唯今の西の御丸と申候は、いつ比よりの御取立にて有之候哉, 來る事に候、さるに依て、諸國に餘多の城有之候へとも、八方正面の矢倉と, のにては無之候、第一は、其地形により、次には、繩張の模樣に依て、自然と出, 可被遊との仰にて、外かまへの御堀、御石垣等も出來、其内に御屋形も立揃, 申ては、希なる物に候、然るに、當御城内に有之候、奇妙成事に候、, を、半藏御門の方へ行ぬけの往還にて、有之候に付、御新城の御取立已前は, ○中, 略, 大工辨慶, 道灌以來, 徳川氏入, 國ノ際西, 辨慶櫓, ノ遺物, 天地庵, 小左衞門, 況, 常念佛堂, 丸邊ノ状, 新城, 慶長十一年三月一日, 九七六

割注

  • ○中

頭注

  • 大工辨慶
  • 道灌以來
  • 徳川氏入
  • 國ノ際西
  • 辨慶櫓
  • ノ遺物
  • 天地庵
  • 小左衞門
  • 常念佛堂
  • 丸邊ノ状
  • 新城

  • 慶長十一年三月一日

ノンブル

  • 九七六

注記 (31)

  • 596,604,68,2229所に田畑も有て、春は桃、櫻、躑躅などの花も咲、於江戸、貴賤の遊山所に致し、
  • 1068,677,62,1078此名あるといふ事、古來より申傳ふ、
  • 1180,678,67,2159前辨慶櫓は、慶長御造營の時、京都の大工辨慶小左衞門作り立しに依て、
  • 248,610,64,2209ひ、其節は新城と申候と也、去に依て、御本丸とは取はなれ、紅葉山の下通り
  • 714,605,67,2216答て曰、我等承り及ひ候は、關東御入國の節、只今の西丸の所き、野山にて、所
  • 955,749,57,415西丸御丸の事
  • 1783,613,63,2206す物は、太田道灌、たとひ何程の城取功者にても、態とたくみて、とらるゝも
  • 480,602,68,2218天地庵と申常念佛堂なとも有之候なり、はるか後に、權現樣、御隱居所にも
  • 1294,681,68,2143富士見矢倉は、道灌以來、城の高みに造り置しものゝ殘りたる也、御玄關
  • 830,603,66,2227或人問て曰、唯今の西の御丸と申候は、いつ比よりの御取立にて有之候哉
  • 1545,611,70,2213來る事に候、さるに依て、諸國に餘多の城有之候へとも、八方正面の矢倉と
  • 1663,616,66,2210のにては無之候、第一は、其地形により、次には、繩張の模樣に依て、自然と出
  • 363,603,67,2217可被遊との仰にて、外かまへの御堀、御石垣等も出來、其内に御屋形も立揃
  • 1418,610,69,1866申ては、希なる物に候、然るに、當御城内に有之候、奇妙成事に候、
  • 131,614,63,2210を、半藏御門の方へ行ぬけの往還にて、有之候に付、御新城の御取立已前は
  • 1450,2491,37,110○中
  • 1407,2488,39,39
  • 1191,241,41,173大工辨慶
  • 1352,241,44,171道灌以來
  • 764,240,40,172徳川氏入
  • 718,241,42,170國ノ際西
  • 1236,240,42,129辨慶櫓
  • 1308,248,44,120ノ遺物
  • 526,241,43,128天地庵
  • 1146,241,45,172小左衞門
  • 631,243,40,39
  • 481,239,42,172常念佛堂
  • 673,243,43,171丸邊ノ状
  • 267,240,42,83新城
  • 1904,676,45,381慶長十一年三月一日
  • 1894,2407,45,122九七六

類似アイテム