『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.220

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本丸より丑寅の方にあたり御馬臺と云傳ふる處, 〔西條誌〕, とも高尾も當城より築しものと見へ、土山は出丸なるへく横山も此に比すれは小し、此, 城跡と稱するもの爰に限らす、傍に土山あり、氷見に高尾あり、中野村に横山あり、然, の椽と云ものゝ如に環る、其平みたる處の濶廣き處にて七間餘、隘き處にて二三間あり、, 迄凡十四五町あり、尾通りを屈曲して登る岨き山也、本丸と云傳る處最上にありて、平, たる處東西十六間・南北十五間あり、二の丸と稱る處其下にありて本丸を四周し、茶釜, り、此東に少し虚溝の如きもの有て、又平地あり、東西六間・南北九間也、此あたりに, にて長八拾八間あり、, 城を郡の本城にて有しとものと見ゆれ共、今は喬松生ひ幽禽響き、鹿兎遊ひ牧童〓るゝ, 高外岐とも亦高外木とも書、今は高峠と稱ふ、石川備中守居之しと云、北の麓より城跡, 城跡, 金子傳兵衞基家これに居る、今の慈眼寺山の上にあり、麓より四町程のほる、山頂平地, 東西十八間・南北十五間の平地あ, の域となり、廢興の變人をして感慨淺からさらしむ、〓, 幅廣き所にて拾六間、隘き所にて七間あ, 〔西條誌〕, 十四, 御厩とも, 洲之内村の, 内にあり、, 巳の方より亥へ長し、此内にも, 二ケ所ほと段になり高低あり、, 金子村, 洲之内村, いふ、, 金子城跡, 金子傳兵衞, 元宅, 高峠城跡, 天正十三年七月十七日, 二二〇

割注

  • 十四
  • 御厩とも
  • 洲之内村の
  • 内にあり、
  • 巳の方より亥へ長し、此内にも
  • 二ケ所ほと段になり高低あり、
  • 金子村
  • 洲之内村
  • いふ、

頭注

  • 金子城跡
  • 金子傳兵衞
  • 元宅
  • 高峠城跡

  • 天正十三年七月十七日

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  • 二二〇

注記 (32)

  • 1214,668,55,1211本丸より丑寅の方にあたり御馬臺と云傳ふる處
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