『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.600

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し笠間城に居し、眞壁を領さんとならは、所領もとのことくなむへしと、, 門〓地形を築く、八年本多正純か所領を收めらよゝのとき、仰をうきた, 石餘を領し、御朱印を下さる、このとき執事のもの、台徳院殿〓仰を傳へ, を進むて城ぎはに至る、このとき敵首六十級をうちとる、四年半藏口御, をよへり、長重いよ〳〵下知を傳へて追うちし、天王寺木戸口を破り、な, なのところ、敵將森豐前勝永大軍を率ゐてすゝみ來る、長重すみやかに, 城を守る、其後常陸國笠間城をたまひ、新墾田をあはさて五万三千五百, ていはく、累年精勤之なにより、領知を他國にう〓され、加増あシへし、も, 長重こたへて申けるは、眞壁には父の墓所あり、願はくはもとのことく, 笠間城に眞壁を加へてた〓はらは、加増の望なしと、即このむふを上聞, 先手をう〓たがはるにより、其夜軍をすゝめ、七日乃早天に阿部野に至, 軍を進め〓奮戰す、是とき家臣等討死すあもの三十餘人、雜兵百餘人に, まはりて下野國におもむき、宇都宮城をうけて、守衞し、乃ち下總國古河, 年の役にも御供に列し、五月六日道明寺口合戰のゝち、忠朝とゝもに御, に達する乃ところ、其志を御感ありて、御前にめさ〓懇の仰をかうぬま, 附録, 六〇一

  • 附録

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  • 六〇一

注記 (17)

  • 587,769,72,2151し笠間城に居し、眞壁を領さんとならは、所領もとのことくなむへしと、
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