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にて寂す、彼八人のもの、明遍の故居の邊に草庵を構へ、朝暮彌陀の名號を, の八人、皆剃髮して明遍に奉仕す、明遍、貞應三年六月十六日、春秋八十二歳, して給仕す、或時、國師、覺心に命して曰、汝はい〓き高野山に登りて吾を待, る者の濫觴なり、其繁興して卅六院と成、其後、學侶方金剛三昧院の住持法, 燈國師、紀州の鷲峯に住せし頃、由良の港の漁者、國師の許に來りて、我平世, に住し、後應保の頃此山に登り、蓮花谷に居して、修禪練行す、時に相隨ふも, の罪業を懺悔し落〓し、終に剃髮して、國師の弟子と成、寢食をりすれて給, 仕す、國師其誠心を感して、即我が名を與へて覺心と呼ふ、覺心、彌信心を凝, 唱へて、明遍の追福とし、又みつから往古の資狼とす、是今の非事吏と稱す, 高野山學侶行人聖由來, 徒新に眞言に歸入せしむ、此より聖の寺院變革あれとも、三十六院を聖坊, 明遍は、少納言入道信西の息也、幼名を按察の君といふ、始には和州光明山, へしと、覺心命に隨ふて登山し、草を結ひて庵とす、其時の歌に、「引寄て居な, 非事吏は、學侶方蓮華三昧院の開基明遍上人召仕の者より事始れり、, の總稱とす、, 〔寺社奉行記録, ○上, ノ部, 高野山, 略, 由來, 侶行人聖, 起原, 非事吏ノ, 高野山學, 聖坊, 明遍, 覺心, 慶長十一年九月是月, 四一二
割注
- ○上
- ノ部
- 高野山
- 略
頭注
- 由來
- 侶行人聖
- 起原
- 非事吏ノ
- 高野山學
- 聖坊
- 明遍
- 覺心
柱
- 慶長十一年九月是月
ノンブル
- 四一二
注記 (30)
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