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河に於て、帶刀へ内願ありけるとそ聞えし、其書、, へ、宜被仰上被下度、偏奉願候、以上、, 旅行、江戸へ出給ひ、上京の儀公裁を得て、御三男越中守信枚君同道まし〳〵、, 節内幕は白布、幕串は錫杖の御鑓、外幕は牡丹の御紋、僧侶は是を經營せす、, て、御逝去遊はされけり、御遺命に隨ひ、京都六條川原に於て火葬し奉る、其, を、左右に侍りて模作しけり、病中疲勞まし〳〵、肖像少しく平生と違へり、, 政安民、防敵守疆の事共、悉く遺戒まし〳〵、老臣の外松野久七信安、森山内, 十一月十日上京せられ、佛工に命して肖像を製作せしめ、鏡に移れる御顏, 斯ありて、御歳五十八歳にて、十二月五日、京都山科の郷、鍛冶來國道宅に於, 并本多佐渡守正信、同上野介正純か宛所にて遺願あられけり、是は兼て駿, 藏介の二人命を承り、遺跡の儀御自筆に認られ、江戸御老中安藤帶刀直次, 醫療數々盡さるゝといへとも、其驗なけれは、信枚公を御枕近く召され、國, 越中守信枚君、及隨從の諸士是を勤む、式終りて遺骨を拾ひ、御國へ供奉し, 私相果候はゝ、跡目之儀、二男越中守信枚へ相續仕せ度奉存候、兩御所樣, 月日, ニツイテ, 爲信ノ遺, 家督相續, 言, ノ上京, 三子信枚, 慶長十二年十二月五日, 一三二
頭注
- ニツイテ
- 爲信ノ遺
- 家督相續
- 言
- ノ上京
- 三子信枚
柱
- 慶長十二年十二月五日
ノンブル
- 一三二
注記 (23)
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