『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.378

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

とも、融成をよひ道阿彌等とかたらひ、ひそかに志を通し、足輕十人をし, 終に三成等敗走す、翌朝秀秋おほせによりて、佐和山の城をせむるのと, のひのものとなし、融成等に就て、しは〳〵飛札を呈し、つふさに三成等, 中長途を馳て、この城をせむるの勞を厭はせられ、且豐臣秀頼の使長谷, か密事をつけ、無二の御味方となる、九月十五日關原御陣のとき、秀秋か, を御陣にめされ軍議あるのとき、融成、井伊直政、本多忠勝をよひ山岡道, 阿彌等とゝもに、御むねをうけて諸將に達し、御先手の諸將にくははり、, 阿彌とゝもに近仕し、釆地をたまふ, 日、下野國小山に御著陣あり、この日石田三成謀叛のきこへありて、諸將, ねて約し申せしことく、松尾山よりふゐに大谷吉繼か陣を討、これより, き、融成御使をうけたまはりて、秀秋か陣にいたり、昨日の戰功をよひ夜, 關西にをもむく、八月三日、台徳院殿より御懇の御書をたまひ、二十三日, 川式部少輔守知、城中より出は、ことゆへなくかこみを出さるへきの仰, また御書を下さる、これよりさき、筑前中納言秀秋は、三成に與すといへ, をつたふ、このとき筑前信國の鎌十文字の御鎗をたまふ、凱旋のゝち、道, 慶長十四年六月三日, ○略譜ニハ「知行可被下旨蒙上意候, 得共、辭退申上候處、勝而馬好候ニ付、, 先鋒, 關原役ノ, 十文字ノ, 槍, 三七八

割注

  • ○略譜ニハ「知行可被下旨蒙上意候
  • 得共、辭退申上候處、勝而馬好候ニ付、

頭注

  • 先鋒
  • 關原役ノ
  • 十文字ノ

ノンブル

  • 三七八

注記 (23)

  • 1211,728,64,2141とも、融成をよひ道阿彌等とかたらひ、ひそかに志を通し、足輕十人をし
  • 742,722,66,2146終に三成等敗走す、翌朝秀秋おほせによりて、佐和山の城をせむるのと
  • 1095,727,63,2143のひのものとなし、融成等に就て、しは〳〵飛札を呈し、つふさに三成等
  • 508,724,68,2147中長途を馳て、この城をせむるの勞を厭はせられ、且豐臣秀頼の使長谷
  • 976,731,67,2131か密事をつけ、無二の御味方となる、九月十五日關原御陣のとき、秀秋か
  • 1680,715,62,2152を御陣にめされ軍議あるのとき、融成、井伊直政、本多忠勝をよひ山岡道
  • 1562,720,62,2164阿彌等とゝもに、御むねをうけて諸將に達し、御先手の諸將にくははり、
  • 155,724,62,1071阿彌とゝもに近仕し、釆地をたまふ
  • 1795,721,62,2141日、下野國小山に御著陣あり、この日石田三成謀叛のきこへありて、諸將
  • 862,727,62,2140ねて約し申せしことく、松尾山よりふゐに大谷吉繼か陣を討、これより
  • 626,725,66,2145き、融成御使をうけたまはりて、秀秋か陣にいたり、昨日の戰功をよひ夜
  • 1445,722,62,2142關西にをもむく、八月三日、台徳院殿より御懇の御書をたまひ、二十三日
  • 390,726,68,2147川式部少輔守知、城中より出は、ことゆへなくかこみを出さるへきの仰
  • 1328,722,62,2134また御書を下さる、これよりさき、筑前中納言秀秋は、三成に與すといへ
  • 277,729,68,2142をつたふ、このとき筑前信國の鎌十文字の御鎗をたまふ、凱旋のゝち、道
  • 1910,714,45,385慶長十四年六月三日
  • 195,1812,50,1063○略譜ニハ「知行可被下旨蒙上意候
  • 148,1807,53,1073得共、辭退申上候處、勝而馬好候ニ付、
  • 1546,282,40,84先鋒
  • 1589,282,41,165關原役ノ
  • 296,289,43,163十文字ノ
  • 253,287,42,43
  • 1919,2451,42,118三七八

類似アイテム