『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.1005

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して、數度の軍忠多き中にも、このたひの戰功、ことに感しおほしめすの, よし仰下さる、天正三年五月、長篠の役に、大久保忠世、治右衞門忠佐等と, る、其餘の兵魂をうははれ、隊伍を亂し敗走に、ときに信成、金の軍配團, 卒こと〳〵く疲な、ゆへに命に應すよものなし、信成ひとり進み出〓、敵, 其鋒甚鋭し、溝塹を前に隔第、五歩十歩に引請て、能ため第放つへしと、士, 汝等この地み留り、敵を防くへしとのたまふ、しかれとも、今日の戰に、士, ミ戰ふ、信成、〓炮の士卒等に下知をつたへ第曰敵今馬を馳る直に來る, 卒等指揮にしたかひて、これを射なに、敵兵三百人はかり、聲に應し第倒, 〓、與力の士及ひ郎等等、十餘輩討死さり、しはらくありて、濱松城に入御, ともに、御先手の侍大將をう〓たあはりて、勝頼か兵二千餘騎に備へ、進, を防む事をこひた第万つなにより、これをゆ刺しをあひ、味方塚にいた, しとなり、信成御跡にとゝまり、死を輕むし、勇を奮ひ防戰す、これにより, のよしをきゝ、兵をおさめてか〓る、東照宮、成瀬吉右衞門正一を御使と, らは、牧野勘八郎某をつかはすへし、巻のときすみやかに、兵を引となへ, き、東照宮、味方敗軍により、兵を引とり、濱松の城にいりて堅く守るへし, 慶長十七年七月二十四日, 於ケル働, 殿軍トナ, 長篠役ニ, 三方原役, 軍配及ビ, 指物, 〓, 一〇〇五

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  • 於ケル働
  • 殿軍トナ
  • 長篠役ニ
  • 三方原役
  • 軍配及ビ
  • 指物

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  • 一〇〇五

注記 (24)

  • 998,751,59,2142して、數度の軍忠多き中にも、このたひの戰功、ことに感しおほしめすの
  • 876,755,62,2146よし仰下さる、天正三年五月、長篠の役に、大久保忠世、治右衞門忠佐等と
  • 292,755,61,2144る、其餘の兵魂をうははれ、隊伍を亂し敗走に、ときに信成、金の軍配團
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  • 526,751,60,2146其鋒甚鋭し、溝塹を前に隔第、五歩十歩に引請て、能ため第放つへしと、士
  • 1818,756,59,2144汝等この地み留り、敵を防くへしとのたまふ、しかれとも、今日の戰に、士
  • 643,759,61,2152ミ戰ふ、信成、〓炮の士卒等に下知をつたへ第曰敵今馬を馳る直に來る
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