『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.134

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へき事、國政仕置の要流也と演ひたりといふ、, より感状を賜る、勇々敷働き有と、秀吉の稱美不大形、長政公演ふは、加樣の, 朝鮮征伐の事、長政公始終不被爲叶御心底といへとも、一端は被爲任下知, に朝鮮え往來して長陣を張し、諸卒の勞を慰へき手便なりといへとも、將, 軍職關白階の人躰ニは不應業作なり、殊更世上もいまた穩かならさるに, 屋の陣中え遙々猿樂を呼下し、能興行、又は畠を拵へ、瓜を造し事なそ、是偏, は表裏のたかひ有て、一生の志氣一統せさりしと云也、一ト年秀吉名護屋, 落し、大將分の首をは日本へ渡し、雄兵をは打捨にせられし、此時關白秀次, 在陣の時、朝鮮征伐の事、思ふ程に方付すとて、長政公忽ニ渡海在て可被打, 働きは、天下を便りては容易の業なり、併某ニおゐては、不戰して勝利を得, しかとも、以後大明退討の被及沙汰時は、強諫有之押とめ給ふ、尤其頃名護, 克治國者、不爲師戰也、古言を常に長政公は專らに用られし故、秀吉の武と, るを誠の存るなりと也、, 〓と下知在て、秀吉き上洛あり、長政公不日に押渡、忽ち木曾城, を責て, 北野ニて大茶の湯の會、或は伏見の城普請も未成就せさるニ、吉野、醍醐の, (靡力〕, (〓字カ), ○晋, 州城, 鮮征伐, 長政ト朝, 用兵ノ奥, 義, 慶長十六年四月七日, 一三四

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  • ○晋
  • 州城

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  • 鮮征伐
  • 長政ト朝
  • 用兵ノ奥

  • 慶長十六年四月七日

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  • 一三四

注記 (26)

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