『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.406

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

には、清韓長老は, の小性にも、外樣の者にもあまた有、又、和歌の道は、法橋紹巴の弟子もあ, り、又素丹と申て、九州にかくれもなき歌道を心得たる老翁、熊本にあり, 仕置にては、近世人を得て、諸人和合はなるへからさる歟、仁と徳と云事, を、一圓しらざる法度書也、又、詩聯句歌を詠る事停止と書たり、さもある, しにたよりて、連歌の指南を請て、月次の連歌會、方々に有たり、又、笠著と, き短かくいひ、連歌誹諧の上下もしらざるが、武士の道とも申されまじ, 英雄の名殘て有、他の家の義は不存、清正家にては、法度これなきしるし, 傾、治國安家得人也と云々、然るに右の法度書のごとく、かたづまりたる, へき事かなれ共、侍たる者の、人前にて三十一字の言の葉を、或き長く、或, く候、言新しきやうなる申事なれとも、上古源平兩家の公達に、歌を詠、詩, をつくりたる人あまた有けれども、女の樣にもなり給はねはこそ、今に, 歸朝有て、熊本に小庵を結ひ座す内に、詩聯句の指南をえたる侍共、近習, 清正家來の者の子たる故、初學問の時より、清, 正取立給ひ、朝鮮國迄も同道いたし、大明人との書翰の通じをさせ給ひ、, いひて、かたはらの辻に、夜に入て燈を立、一間程に幕を張て、其内ニ執筆, 慶長十六年六月二十四日, 住東福〓, 後惠日山, 等ノ流行, 清韓長老, 詩歌聯句, 素丹, 笠著, 四〇六

割注

  • 住東福〓
  • 後惠日山

頭注

  • 等ノ流行
  • 清韓長老
  • 詩歌聯句
  • 素丹
  • 笠著

ノンブル

  • 四〇六

注記 (25)

  • 873,705,55,469には、清韓長老は
  • 522,708,68,2144の小性にも、外樣の者にもあまた有、又、和歌の道は、法橋紹巴の弟子もあ
  • 405,703,66,2151り、又素丹と申て、九州にかくれもなき歌道を心得たる老翁、熊本にあり
  • 1695,692,65,2155仕置にては、近世人を得て、諸人和合はなるへからさる歟、仁と徳と云事
  • 1577,698,66,2144を、一圓しらざる法度書也、又、詩聯句歌を詠る事停止と書たり、さもある
  • 289,709,71,2143しにたよりて、連歌の指南を請て、月次の連歌會、方々に有たり、又、笠著と
  • 1342,699,67,2152き短かくいひ、連歌誹諧の上下もしらざるが、武士の道とも申されまじ
  • 989,695,69,2154英雄の名殘て有、他の家の義は不存、清正家にては、法度これなきしるし
  • 1810,695,63,2147傾、治國安家得人也と云々、然るに右の法度書のごとく、かたづまりたる
  • 1457,710,70,2142へき事かなれ共、侍たる者の、人前にて三十一字の言の葉を、或き長く、或
  • 1223,695,72,2160く候、言新しきやうなる申事なれとも、上古源平兩家の公達に、歌を詠、詩
  • 1112,698,66,2150をつくりたる人あまた有けれども、女の樣にもなり給はねはこそ、今に
  • 637,700,71,2153歸朝有て、熊本に小庵を結ひ座す内に、詩聯句の指南をえたる侍共、近習
  • 878,1486,66,1370清正家來の者の子たる故、初學問の時より、清
  • 753,700,72,2157正取立給ひ、朝鮮國迄も同道いたし、大明人との書翰の通じをさせ給ひ、
  • 171,715,72,2131いひて、かたはらの辻に、夜に入て燈を立、一間程に幕を張て、其内ニ執筆
  • 1925,692,45,463慶長十六年六月二十四日
  • 859,1210,43,253住東福〓
  • 904,1205,42,265後惠日山
  • 616,258,40,171等ノ流行
  • 872,258,43,171清韓長老
  • 660,258,43,170詩歌聯句
  • 401,257,42,87素丹
  • 284,257,43,88笠著
  • 1937,2432,42,124四〇六

類似アイテム