『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.407

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も出來す、毎度恙なく百韵づゝいたしたる事也、事くどきやうなれども、, り、かやうの儀も、國中平均に治りたる故なるか、一度も笠著の場に、何事, 又、香車風流なる事有て、手よはきことも存れば、いかにも女の樣になる, れば、書とめて名をきけば、作り聲にて、色々の作り名書付させて、一句な, とあり、此事も相違の證據には、其比は、茶湯はやりて、古田織部數寄の宗, 金右衞門、齋藤立本此兩人、連歌若き時分より致、後は上手になりし也、庄, 林隼人も年寄て、連歌逸になり、素丹指南を請、後はよくせし也、加藤右馬, りとも、二句成共、又き初終まで成共、人々の心次第に居て仕り、西の刻始、, 顏をかくし行て、出次第に付句仕候を、指合かあれは、則執筆返し、能句な, 匠にて、道巴、覺甫とて、兩人織部弟子に、名をえたる茶湯者有けるを、京童, に書之、此外あまた有之、大勢たる故名を記さす、予か祖父も、紹巴の流を, 丞「、中川周防、出田宮内連歌逸にて仕りし也、此者き、本書に名を記たる故, 子丑刻時分には、百韵出來いたしけり、七月八月時分は、大かた毎夜有た, くみたる故、愚親も數ならざれども、歌の筵の末にも連りたる事もあり、, 一人居て、發句一句して出で吟するに、何者成とも、望次第にあみ笠を著、, 慶長十六年六月二十四日, 茶湯流行, 慶長十六年六月二十四日, 四〇七

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  • 茶湯流行

  • 慶長十六年六月二十四日

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注記 (19)

  • 1202,683,63,2160も出來す、毎度恙なく百韵づゝいたしたる事也、事くどきやうなれども、
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