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檢の途に上ることに決したるなり、, 裝も略整ひ居たれば、航海の準備を完成し、同月二十二日、午前十一時過ぎ, 出帆せり、斯くて五月一日迄に、殆んど千四百レグワを航し、同月二十三日, 於て、日本人を送還し、皇帝及び皇太子に、答使を遣すの名義に於て、メキシ, コより日本へ直航し、日本の北端セストス岬より、長崎に至るまでの海岸, 下日本人二十三人なりき、, セバスチヤン、ピスカイノは、ドン、フランシスコ勝介殿以下の日本人を同, 探檢の航海は、マニラよりすべしとの説もありしが、メキシコ總督が召集, 日、アカプルコに著せり、, 伴して、千六百十一年三月七日、月躍日、メキシコ市を發し、同月十九日、土曜, せる、メキシコの最も有力なる人々、及び航海の道に達せる人々の會議に, にある港灣を測量し、日本に於て冬を過し、其間に新船を造り、其船にて、探, アカプルコに到著せるとき、船員及び宣教師等も、〓に同所に在り、船の艤, には、三一十三度の地に在り、ラドロン諸島は夜中に過ぎ、之を認むる能はざ, スコ、デ、ベラスコ、別名勝介殿, 以, ○田中勝介ノイスパ二ヤ渡航ノ事ハ、十五, 年五月四日ノ條ノ附録二アリ、參看スベシ, 十餘人, 本人ヲ送, 還スルノ, シ及ビ日, メキシコ, 答使ヲ遣, 田中勝介, ルモノ二, 等便乘セ, コ出帆, 直航ス, ヲ發ス, アカプル, 名義ニテ, 慶長十六年九月十五日, 八二〇, 以
割注
- ○田中勝介ノイスパ二ヤ渡航ノ事ハ、十五
- 年五月四日ノ條ノ附録二アリ、參看スベシ
頭注
- 十餘人
- 本人ヲ送
- 還スルノ
- シ及ビ日
- メキシコ
- 答使ヲ遣
- 田中勝介
- ルモノ二
- 等便乘セ
- コ出帆
- 直航ス
- ヲ發ス
- アカプル
- 名義ニテ
柱
- 慶長十六年九月十五日
ノンブル
- 八二〇
- 以
注記 (35)
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