『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.839

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によれり、, なりしが故に、賣行速ならざりき、造船に關しては、船大工等と議せしが、百, べソにも上らざりき、, 越えたるべきに、皇太子の領内に於ては、悉く給與を受けたれば、其費は百, の待遇の厚からざりしを遺憾とし、其責は皇帝の左右の人にあり、特に財, 務顧問會議長は、商人的なれば、皇帝をして、今囘の如き處置に出でしめた, ざりき、こは、先づ皇太子に〓見せるを憤れると、年老いて彌々慾心を増し、, 浦賀に著して後、直に羅紗等の賣捌に著手せしが、精巧にして高價なる品, 於ては、皇太子の秘書官より、鄭重なる待遇を受けたり、皇太子は、駿府にて, せり、駿府滯在中、皇帝の待遇は甚だ厚からず、旅館并に食事の費を支辨せ, り、この兩度の旅行は、若しイスパニヤ王の費を以て辨ぜば、二百萬ペソを, るならんといへる由なり、火曜日、藤澤に至り、翌二十日、水曜日、浦賀に著せ, 十六日夜、蒲原に著し、翌日躍日は三島、月曜日は小田原に宿泊せり、同所に, 既に三億以上の貯を有すれども、尚ほ一物を所持せざるものゝ如くする, 傳へたり、翌日沿岸測量の朱印状を受領し、同月十六日、土曜日、駿府を出發, スル評, 家康ニ對, 朱印受領, 後藤庄三, 郎ニ對ス, ル評, 沿岸測量, 慶長十六年九月十五日, 八三九

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  • スル評
  • 家康ニ對
  • 朱印受領
  • 後藤庄三
  • 郎ニ對ス
  • ル評
  • 沿岸測量

  • 慶長十六年九月十五日

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  • 八三九

注記 (24)

  • 1489,627,50,283によれり、
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