『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.793

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なし、此御書にて、初て知りたりとかたりぬ、, て御座候と申、其頃、近衞龍山公、村井に御目を掛られ候ゆへに、先龍山公を、, よし、或時尾張大根の見事なるを、龍山公へ進上せられ、後にいかゝ料理成, 候やと尋られたる、龍山公御返事に、おろし大根の汁に、料理候よし仰られ, あつかひには可然人なりと申されける、, 信長公へ知る人になし、夫ゟ度々之御出會も有之、漸王といふ事御存知候, は、人にて候やと尋られ候時、長門申上るは、いまも人間にて、位高きものに, さる、其御書を、佐善新九郎と云者、拜見しけると、彼徳善院か實名知る人, 龍禪寺眞言宗、在龍禪寺「本名市場〕寺田百石、, 候は、王と云ものは、いかやう成者にて候哉、だしなとに入て置たる者歟、又, 候へは、信長公、扨々うつけたる人の〓、おろし大根には、ちいさくても成事, 讒しけるより、太閤怒り、薩摩へ配流せらる、此時加藤主計頭へ御書を下, 郎右衞門、後に長門長春と申せし人、京の所司を勤めし者なり、此人に被申, なりとてわらひ給ひし、されとも、此龍山公をは、もし敵軍と和談なとの時、, 信長公には、若年の頃、王と云事御存しなく、其頃村井七, 明良洪範, 遠江國風土記傳, 〔遠江國風土記傳〕識智龍禪寺眞言宗、在龍禪寺「本名市場〓田百石、, 續集, 敷智, 郡, 九, 院ト龍山, 信長ト龍, 前田徳善, 山, 慶長十七年五月八日, 七九三

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  • 續集
  • 敷智

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  • 院ト龍山
  • 信長ト龍
  • 前田徳善

  • 慶長十七年五月八日

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  • 七九三

注記 (28)

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