『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.682

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て罷在る、扨菅を御呼出し有て、常よりも、〓にこた〳〵御物語有て、鴨のあ, 豐後御手討ならんと覺悟して、即ち登城す、直に御寢所へ召て、仰には、我酒, に怒り給ひ、ねたき事と仰ある、折ふし菅出仕しけれは、伺公の輩、手に汗し, つもの抔賜りし、其夜主殿また御側に侍り、今日菅か事、大に氣遣仕候得は、, に醉て、其方を手討にせんと仕たりき、我誤れり、其方少も心にかくるなb, しなり、播磨姫路にて、國清公、右の刀を指上よと度々仰らるれとも奉らす、, 薙刀を取たまふ所を、豐後扇を以て、御顏をしたゝかに打奉りて退出す、元, ある夜、御酒の後豐後をめし、度々所望する刀を出せと仰らる、豐後云、度々, 御斷申上候通、代々所持仕候刀、是を以て、御馬先を仕るへしと心懸居申候, と押留奉る、其後良ありて、御醉醒の後、深更に及ふといへとも、豐後を召る, 八田豐後、郷の刀を所持す、無銘二尺三寸のよ, へは、指上る事罷ならすといふ、其時に國清公怒りたまひて、なけしにある, 扨々御輕薄なる事ニ候ト申セは、國清公笑さ給ひ、豈一張弓を以て、勇功の, 來御酒醉の後の事なれは、御側の衆取鎭め、豐後はりれ等に仰付られ候へ, 士に換んやと仰たる、, 〔備陽武義雜談〕, 十六所收, ○藩鑑三, 克ク過ヲ, 改ム, 八田豐後, 慶長十八年正月二十五日, 六八二, 慶長十八年正月二十五日

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  • 十六所收
  • ○藩鑑三

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  • 克ク過ヲ
  • 改ム
  • 八田豐後

  • 慶長十八年正月二十五日

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  • 六八二
  • 慶長十八年正月二十五日

注記 (24)

  • 1710,631,59,2216て罷在る、扨菅を御呼出し有て、常よりも、〓にこた〳〵御物語有て、鴨のあ
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