『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.94

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との事, 事たるへき事, なく候、ゆさんなとの御〓はりには、番代をあいらせらるへき事、, 一御〓はりも、わつらひか、何とそ人もしりしほとのさりかたき事は、せひ, 一内々外樣晝夜之御番にて候へ共、かり殿せはく候故、外樣衆は夜計にて、, 十三日, 晝は御番もゆるされ候ニ、其上無沙汰なる事は、きつと申つけられ候へ, 一番所ニて、むさとこはたかなる事、いさかひそうふんなと申候へは、くせ, 候て、曉より退出ニて候、冠裝束も不著、罷出られ候衆も、御入候由之事、, ス、玄廣、駿府ニ抵リ、之ヲ謝ス、多聞院良尊、大樂院深覺等モ、マタ抵ル、是, 一内々にも、晝はしこうなき事も候〓ゝ、是もふさたなきやうにとの事、, 日、家康、深覺等ヲ召シテ論議ヲ聽ク、尋デ、良尊ニ學問料百石ヲ賜フ、, 四月十一日從禁裏ノ仰云々, 是ヨリ先キ、家康、高野山無量光院玄廣ニ、碩學料五十石ヲ加賜, 〔本光國師日記〕八二月廿七日、高野多聞院下著繻子壹端持參、無量壽院, 二月十三日之状、并銀子壹枚來、多聞院被屆、, 慶長十八年四月十三日, 丑, 辛, 御番, 多聞院良, 著, 尊駿府下, 外樣衆ノ, 九四

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  • 御番
  • 多聞院良
  • 尊駿府下
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  • 九四

注記 (25)

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