『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.249

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し暮し給ひたる、, し食物を拾ひて、命をたぐよすがとし、ひたすらに念佛修行し給へり、, それより佐渡の國にりたり給ひ、相川の市に入り, 古知谷是なり、, せしめたり、既に剃髮して、法衣を身にまとひ、朝暮念佛して、食時をだにも, に、北にあたりて、紫雲たなびき、ほのかに佛影あらはれぬ、さては靈地なり, 知ざれば、寺僧の輩にくみ嫌ふ〓甚し、これにより又市町に歸り、諸人の捨, それよりして花洛に登り、五條の橋の上にて、彼方此方をながめやり給ふ, 猶飽童らず修行地に進みて、州の内にある、檀特山に分入、心を澄して行ひ, 佛名口に絶ざれば、諸人隨喜し出家をすゝめ、川原田の淨念寺へ誘ひ、得度, 水を汲、薪をこり、貧しき家に助をなし、唯いつとなく打しめりて、念佛し、明, 傳へ聞給ひ、特に懷しく覺へそ、彼に至り、終夜稱名を修し、心を澄しておは, 〓りとおぼして、りけ入給ふに、果して幽邃勝絶なる佳境なりき、即ち今の, しにるに, 紀州熊野三社は、靈驗無双なる中にも、本宮證誠殿は、本地彌陀如來なりと, ○相川砂子二、「天正十八, 年、當國江渡リ」トアリ、, ○中, ○中, 略, 略, 至ル, 古知谷ニ, 諸國巡遊, 慶長十八年五月二十五日, 二四九

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  • ○相川砂子二、「天正十八
  • 年、當國江渡リ」トアリ、
  • ○中

頭注

  • 至ル
  • 古知谷ニ
  • 諸國巡遊

  • 慶長十八年五月二十五日

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  • 二四九

注記 (26)

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