『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.257

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より寄附したるあり、これ又質素の古風なり、, 當山にあり、, 是を鎌佛といふ、近在の民家往々にこれあり、當山, 號現盆の事、翼贊の末にあり、, 至りて信心に奉持する輩、光明を拜する者多し、今年, 課四万聲を授り、並に名號をも受く去りぬ、其後主君の意に背くことあり, 上人在世の内、日課念佛授與の印に、書與へ給ふ所の彌陀名號、凡四百万餘, 號、化佛印文などゝて書給へり、其名號、光明を放ち、種々の奇瑞ありき、今に, 上人、或人兄弟に五遍宛、紺紙金泥にて、名號を書與へ給ふに、五返火中に入、, 幅なり、或は大、或は小、或は金泥、筆形少しも違ふ〓なし、或は又名躰不離名, 上人の高徳を聞及ひ、慶長十二年未五月十四日の夜、相州塔の峰に登り、日, りの樵夫、或時巖窟に詣たれは、持たる鎌にて、彌陀の像を作りて與へ給ふ, 石見國坂崎織部正の家中土井傳藏といふもの、江戸へ使者に下りたる時, 變して黄金の佛躰となり給へり、是を十念名號所變佛像と申奉る、今現に, 開帳の砌り、名, 是則ち我國の風俗に準して、衆生を引接するの手段なるべし、又近きあた, にも、或人の許, 阿彌陀寺, ○古知谷, ○明和, 四年, 信仰, 坂崎氏ノ, 慶長十八年五月二十五日, 二五七

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  • 阿彌陀寺
  • ○古知谷
  • ○明和
  • 四年

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  • 信仰
  • 坂崎氏ノ

  • 慶長十八年五月二十五日

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  • 二五七

注記 (25)

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