『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.9

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を喜び、ソテロを徳として、之に金銀衣服及び絹の卷物等を贈れり、パード, なるを以て、政宗は特に之を愛せしかば、最良の醫師の治療を受けしめた, レ・ソテロは、この贈物を謝絶し、彼等は利徳の爲めに治療をなすにあらず、, よりて治療を行ひしに、神の加護によりて病忽ち癒えしかば、王は甚だ之, の妻も、亦癒えたること、政宗に聞えたるにより、其侍女の治療を右異留滿, 有せり、寺の傍に一の病院あり、フライ・ペドロ・デ・ブルギリヨといふ一人の, 異留滿、此處にて諸病を治せり、病院に赴きし病人は皆快癒し、政宗の重臣, 奧州の王伊達政宗江戸に滯在せし際、一人の侍女病に罹れり、外國の婦人, フランシスコ派のパードレ等在留し、その首要なる寺と僧院とを、此處に, に命ぜんが爲めに、同派の長老パードレ・ソテロを招きたり、異留滿は命に, れども癒えざりき、江戸に於ては、皇帝及びその子太子の許可を得て、サン・, フライ・ルイス・ソテロが、江戸に於て、奧州の王の知遇を得たる顛末, 第四章, 〔アマチ編伊達政宗遣使録〕歐文材料第一號抄譯, ○上略、第一章以下ノ三章二、奥州ノ國勢、伊達家ノ由緒、政宗ノ人物等ニ關, スル記事ヲ載セタレドモ、遣侵ニ關スルコトナキヲ以テ、茲ニ掲載セズ, ニ治療ヲ, 女宣教師, 政宗ノ侍, 院ノ建設, 宗ノ贈物, 受ク, 會堂并病, そてろ政, ヲ辭ス, 慶長十八年九月十五日, 九

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  • ○上略、第一章以下ノ三章二、奥州ノ國勢、伊達家ノ由緒、政宗ノ人物等ニ關
  • スル記事ヲ載セタレドモ、遣侵ニ關スルコトナキヲ以テ、茲ニ掲載セズ

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  • ニ治療ヲ
  • 女宣教師
  • 政宗ノ侍
  • 院ノ建設
  • 宗ノ贈物
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  • 慶長十八年九月十五日

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注記 (27)

  • 406,628,59,2188を喜び、ソテロを徳として、之に金銀衣服及び絹の卷物等を贈れり、パード
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