『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.252

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四人の從僕を先に立てゝ進めり、ドン・フィリッポ・フランシスコは、法王の, の宣教師フライ・ルイスは、騎馬の行列に加はらざりき、兩人共に、サン・ラザ, 廷の人、及び貴族等、大使ドン・フイリッポ・フランシスコの家臣を中に圍み、, 甥にして、侍衞隊の指揮官なるドン・マルコ・アントニオ・ビットリヨの右に, に出で、耶蘇會の寺院、及び市廳を經て、アラチエリのサンタ・マリヤの僧院, らんが爲め、同所に來りし貴族、及びカルヂナルの家臣に會せり、使節を派, ロ寺の傍なるコスタの葡萄園の家に至り、法王の命によりて、行列に加は, に至り、サン・ピエトロの廣場、新ボルゴを經、サンタンゼロ城前を過ぎ、バン, に至れり、行列は、輕騎兵、槍を携へずして先驅し、次にカルヂナルの家臣、宮, 騎馬にて進み行けり、長槍を携へたるスウイスの歩兵、その側に從ひ、騎馬, キ。モンテ・ジヨルダノ。パリオネ。パスキノ。バルレを通りて、チエザリニの前, の喇叺手、并に徒歩の鼓手列に加はれり、フライ・ルイス・ツテロは、行列の後, 遣せし王は、未だ洗禮を受けざるが故に、先年、ペルシヤ王の使節の來りし, は、之に加はらざりき、晝食後、一同馬上にて、該葡萄園より、順路アンゼロ門, ・と同じく、僧官, 時, ○千六百九年八月三十日、ペるしや王しや・あっばすノ〓, 使あり・ごり・べく●もるだる二〓見ヲ許セシ時ノコトナリ, 慶長十八年九月十五日, 二五二

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  • ○千六百九年八月三十日、ペるしや王しや・あっばすノ〓
  • 使あり・ごり・べく●もるだる二〓見ヲ許セシ時ノコトナリ

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 二五二

注記 (20)

  • 495,641,62,2202四人の從僕を先に立てゝ進めり、ドン・フィリッポ・フランシスコは、法王の
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