『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.470

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に閉ぢ込むればなり、, の主人には、再び予等を外出せしむべからずと命じたり、是れ實に予等を, て、啻に面會を欲せざるのみならず、一僕に命じて予等を門外に逐ひ、旅宿, てはイスパニヤ人の滯在せる港に赴くを得べしといへり、旅宿の主人は, 時正に二月なりしかば、忽ち雪降り、一日半の間止まざりき、因て粗蓆の外, んことを求めたれば、已に殆んど夜に入りしに拘はらず乘船せり、然るに, 別の大祭日にして、旅宿の主人が速に予等を去らしめしも、予等を宿泊せ, 已むを得ずして、予等をその家に留めしが故に、之を聞きて、即時に出發せ, しめて、新年を迎ふる時は、不幸の年たるべしと思ひたればなり、, 遇するに囚人を以てするものなり、蓋し日本に於ては、牢獄は死罪のもの, 覆物なき船中に二日間を費し、尚ほ船の所有者が或は予等を船外に逐ひ, に限り、一度入牢したるものは、再び出づることなく、普通の囚人はその家, 出すに至るべきかを憂ひたり、何となれば、當日は年の始めの日に當り、特, 右の如き困難を經て、遂に浦賀の港に達したり、同所に於ては、囚人として, 數日〔餘り少からざる日數なり〕の後司令官は人を遣して、希望により, ○中略、さん・ふらんしすこ派ノ宣教師、江戸及ビ京都, 載セ, ニ於テ入牢セシモノ一人ヅヽアリ、ソノ虐待ノ状ヲ, タリ, ニ於テ使, 暴漢浦賀, 節ヲ襲フ, 慶長十八年九月十五日, 四七〇

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  • ○中略、さん・ふらんしすこ派ノ宣教師、江戸及ビ京都
  • 載セ
  • ニ於テ入牢セシモノ一人ヅヽアリ、ソノ虐待ノ状ヲ
  • タリ

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  • ニ於テ使
  • 暴漢浦賀
  • 節ヲ襲フ

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 四七〇

注記 (24)

  • 1345,653,55,636に閉ぢ込むればなり、
  • 1682,657,66,2195の主人には、再び予等を外出せしむべからずと命じたり、是れ實に予等を
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