『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.561

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せし文書の缺を補ふことを得たり、, イタリヤに來りしこと明白にして、宣教師、及びオランダ人の相違せる報, 諸君に對して謝意を表す, りてなり、今之を謝すると共に、文書の搜索について、予に助力を與へたる, を申出でしに、喜びて之を容れたり、今この研究の結果を、イタリヤの讀者, 右文書と、當地及び日本の同時代の記録とによりて、右兩使節は、從來一は, 告によりて、誤られたる目的の眞相を認め、歴史的眞價を知るに至れり、, 耶蘇會、又一はサン・フランシスコ派によりて眞相を被はれたりしも、實際, せり、千八百七十六年末に至り、日本の北部にある仙臺に於て、千六百十六, 類の寫を所望したれば、予は集め得たるものを整頓して、之を送らんこと, 年の使節に關する貴重なる文書、及び記録數種、幸に發見せられ、從來發〓, に呈するを得るは、アルキビヨ・ベネト雜誌の編輯長フリン君の好意によ, デナ、マントバ、及びゼノアの文書館に於て、搜索を遂ぐるに從て、追々増加, 予が右研究をなすに至りしは、岩倉大使閣下の奬勵によれり、大使は、文書, 慶長十八年九月十五日, セリ、皆本書, ○下略、べるしえーハあるきびよ・べねと雜誌第, 十四號二、本使節ニ關スル新文書十三通ヲ公二, 二載セタリ、, 慶長十八年九月十五日, 五六一

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  • セリ、皆本書
  • ○下略、べるしえーハあるきびよ・べねと雜誌第
  • 十四號二、本使節ニ關スル新文書十三通ヲ公二
  • 二載セタリ、

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 五六一

注記 (21)

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