『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.90

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見に御座乃とき、石田三成等、隱謀乃企ありて、其地靜ならす、信高御館に, 手仰下され、父か領知を〓まひ、すへて五萬石を領す、このとし、東照宮伏, 候して、不虞に備ふ、五年、上杉景勝御征伐として、會津に御進發のとき、し, 郡のうちにをいて、二萬石をたまひ、父子連名の朱印をあたへらる、慶長, よしを言上をしかは、知信は、致仕しす老を養ひ、信高こはれに代るへきむ, 四年、東照宮、父知信か事を〓つねさせたまふにより、老體にをよへるの, 〓かふ、文祿三年、從五位下信濃守に敍任し、四年七月十五日、伊勢國安濃, か女、某年近江國に生れ、天正十六年より、豐臣太閤に, たかひ壹くまつり、下野國小山におもむき、榊原式部大輔康政に副て、彼, 母き秀家か養女、, 〔寛政重修諸家譜〕, 母は信高におれし、, テ、其餘辭之、, 佐野天徳寺房綱か養子、, 信高母は久綱, 知儀主席母は左近某か女、富田中務知良か祖、, 富田知信, ○黒, 平右衞門、左近將監、從, 千二百, 九十七, ○黒田, 五位下、致仕號水西、, 田, 久綱女, 初知勝、知治、平九郎信濃守、, 小吉郎、修理太, 信高ノ事, 秀吉ニ仕, 富田氏ノ, 蹟, 系, 慶長十八年十月二十四日, 九〇

割注

  • ○黒
  • 平右衞門、左近將監、從
  • 千二百
  • 九十七
  • ○黒田
  • 五位下、致仕號水西、
  • 久綱女
  • 初知勝、知治、平九郎信濃守、
  • 小吉郎、修理太

頭注

  • 信高ノ事
  • 秀吉ニ仕
  • 富田氏ノ

  • 慶長十八年十月二十四日

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  • 九〇

注記 (34)

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