『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.109

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

となり、其後又駿河へ、御隱居の後、一兩度ならでは參られす、二十万石とり, 利長も悦ひ思はれしに、城中へ參られし時には、諸事替りて後悔の心有し, て關ケ原役畢りて、江戸へ利長一度參られし、台徳公板橋迄御迎ニ御出有、, 樣仰竹馬ニおゐて、巣鷹をおろして可差上候由を載られたるなり, りけれ、, 先生曰、慶長の比、天下の法制、神君が利家兩判の物世上ニ多し、神君、利長兩, 判の物は見たる人れし、某は是を多く見たり、五月十二日の日付ニて、秀頼, 筑紫御陣のとき、かんしやくの城を、利家卿の子息利長卿手柄盡され候へ, て引こもりて、鷹野計りして終られし、然らは中納言殿をとり立申さんと, は、さても父筑前守の子なり、鷹は鳶を生ぬものなりとほめぬ者こそなか, て、天徳院殿、六つの御時に、加州へ御入輿申さる、天徳院と申は、彼御葬地こ, 前田肥前守菅原利長, 〔白石先生紳書〕三慶長ノ比神君利長の兩判の物語, へは、世上へ聞をるにと思召たる躰にて、にが笑になされ候て被成御座候, 事、, さ, 〔藩鑑〕, 慶長十九年五月二十日, 末森, ○中, 百九, 略, 十六, 記, 生マズ, 鷹ハ鳶ヲ, 慶長十九年五月二十日, 一〇九

割注

  • 末森
  • ○中
  • 百九
  • 十六

頭注

  • 生マズ
  • 鷹ハ鳶ヲ

  • 慶長十九年五月二十日

ノンブル

  • 一〇九

注記 (28)

  • 546,558,74,2221となり、其後又駿河へ、御隱居の後、一兩度ならでは參られす、二十万石とり
  • 662,559,76,2219利長も悦ひ思はれしに、城中へ參られし時には、諸事替りて後悔の心有し
  • 776,562,77,2235て關ケ原役畢りて、江戸へ利長一度參られし、台徳公板橋迄御迎ニ御出有、
  • 898,560,76,2014樣仰竹馬ニおゐて、巣鷹をおろして可差上候由を載られたるなり
  • 1392,570,47,210りけれ、
  • 1125,566,81,2227先生曰、慶長の比、天下の法制、神君が利家兩判の物世上ニ多し、神君、利長兩
  • 1010,564,76,2233判の物は見たる人れし、某は是を多く見たり、五月十二日の日付ニて、秀頼
  • 1592,577,85,2199筑紫御陣のとき、かんしやくの城を、利家卿の子息利長卿手柄盡され候へ
  • 431,565,70,2207て引こもりて、鷹野計りして終られし、然らは中納言殿をとり立申さんと
  • 1480,572,78,2217は、さても父筑前守の子なり、鷹は鳶を生ぬものなりとほめぬ者こそなか
  • 310,556,75,2218て、天徳院殿、六つの御時に、加州へ御入輿申さる、天徳院と申は、彼御葬地こ
  • 1727,1012,60,631前田肥前守菅原利長
  • 1245,515,101,1708〔白石先生紳書〕三慶長ノ比神君利長の兩判の物語
  • 1943,599,86,2202へは、世上へ聞をるにと思召たる躰にて、にが笑になされ候て被成御座候
  • 1855,577,56,72事、
  • 901,2736,35,42
  • 1716,537,102,188〔藩鑑〕
  • 223,618,46,430慶長十九年五月二十日
  • 1412,795,42,111末森
  • 921,2595,41,108○中
  • 1765,804,39,108百九
  • 879,2593,39,39
  • 1721,802,38,108十六
  • 1369,797,41,45
  • 1497,206,37,121生マズ
  • 1538,205,42,163鷹ハ鳶ヲ
  • 223,618,46,430慶長十九年五月二十日
  • 211,2367,42,111一〇九

類似アイテム