『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.278

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つかすして、算術地理を學ひ、其道に通達す, を引て運送をしむ、, 甲府に運送し、國民をしてなかく其利を得をしむ、この年また仰を蒙り、, 山間巖石多かりしかは、仰をうけしまはりてその舟路をひらく、, 宮、台徳院殿より御朱印をたあはる、のち京都大佛殿造營ありて、大材を, 信濃國諏訪より遠江國掛塚まて、天龍川通船の事をつとめしかは、東照, 光好吉田意安宗桂か長男、母は中村氏、醫家たりといへとも、父祖の業を, 運送するのとよ、牛馬の力にあたはさるにより、加茂川を堰わけ、新に水, 〓ヽ十二年、鈞命によりはしめて富士川に高瀬船を通し、駿河國岩淵より, また丹波國世木庄殿田村より、保津を經て大井川にいたるまての水路、, か女、, 照宮に〓みえたてまつり、慶長八年、仰によりて、安南國に船を通す、十年, 某年東, 十九年七月, 十二日死す、年六十一、法名了以、山城國嵯峨の二尊院に葬る、妻は吉田氏, を見立、京都加茂川之水を堰分ケ新川を付、右材木引上セ、同, 木、伏見ゟ牛馬にて運送難成ニ付、光好ニ被仰付、川筋, ○續畸人傳ニ「天性工, ○略譜ニハ「十三年、京都大佛殿御造營御入用之大材, 十六年、右川筋二條より伏見迄、高瀬船爲致通行申候」トアリ、, 有之、往古ゟ通船不相成所切開、普請仕、同年八月ゟ高瀬船爲致通行候」ト, 役にたくみ也」トアリ, ○略譜, 一年、丹州柴殿田村より、保津嵯峨大井川迄、山間三里之間、川中ニ大石多, ニハ「十, 富士川疏, 商ス, 佛殿用材, 方廣寺大, 通, 通, ヲ運送ス, ニ通達ス, 安南ニ通, 大井川疏, 算術地理, 蹟, 了以ノ事, 法號, 葬地, 慶長十九年七月十二日, 二七八

割注

  • を見立、京都加茂川之水を堰分ケ新川を付、右材木引上セ、同
  • 木、伏見ゟ牛馬にて運送難成ニ付、光好ニ被仰付、川筋
  • ○續畸人傳ニ「天性工
  • ○略譜ニハ「十三年、京都大佛殿御造營御入用之大材
  • 十六年、右川筋二條より伏見迄、高瀬船爲致通行申候」トアリ、
  • 有之、往古ゟ通船不相成所切開、普請仕、同年八月ゟ高瀬船爲致通行候」ト
  • 役にたくみ也」トアリ
  • ○略譜
  • 一年、丹州柴殿田村より、保津嵯峨大井川迄、山間三里之間、川中ニ大石多
  • ニハ「十

頭注

  • 富士川疏
  • 商ス
  • 佛殿用材
  • 方廣寺大
  • ヲ運送ス
  • ニ通達ス
  • 安南ニ通
  • 大井川疏
  • 算術地理
  • 了以ノ事
  • 法號
  • 葬地

  • 慶長十九年七月十二日

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  • 二七八

注記 (42)

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