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とき籠城のうち、甲賀の士ひそかに志を右府に通ずるものあり、よりて、兵を合せて共, したがひたてまつり、奮戰して敵を討とり、のち織田右府、安土にをいて、東照宮を饗せ, 織田右府にそむきて、攝津國有岡城にこもるにより、東照宮よりも援兵を出さる、この, にその城をせむ、しかるに内通のことあらはれ、計略たがひけれど、味方これをしらず, 外科丸山清林に仰ありて、あつく療養を加へさせたまふ、元龜元年六月、姉川の役にも、, ざりしかば、大に御感あり、天正三年五月、長篠の役にも扈從し、軍功あり、六年、荒木村重、, 城兵日根野彌吉某とくんで、つゐに其首を得たり、このとき正重創をかうぶりしかば、, して、塀際までうちよせ、正重一番に塀を踰むとす、ときに城中より發つところの矢、頸, しとき、さきに軍功あるもの十人をえらびて供奉せしめらる、正重其列にあり、三年、三, 敗走し、兵を濱松におさめらる、ときに正重殿して、しば〳〵取てかへし、敵をちかづけ, をかうぶる、十二年正月二十二日、今川氏眞が籠れる遠江國掛川城を攻たまふのとき、, 方原御陣に、三度まで敵陣をうちやぶりたまふといへども、敵猶多勢なるがゆへ、味方, 藤六が首取て我に備へよ、誠に二世の忠なるべしとなり、戰ひにをよびて、正重、藤六と, 力繋し、遂に其首をとりて、實檢にそなへしかば、汝が一代の忠功なりと、おほいに御感, 從フ, 攝津有岡城, 遠江掛川城, 攻ニ日根野, 彌吉ヲ討取, 攻ニ戰傷ス, 姉川ノ役ニ, 藤六ヲ討ツ, 從フ, 長篠ノ役ニ, 揆ニ青見, 三河一向宗, ル, 元和七年雜載, 一三一
頭注
- 從フ
- 攝津有岡城
- 遠江掛川城
- 攻ニ日根野
- 彌吉ヲ討取
- 攻ニ戰傷ス
- 姉川ノ役ニ
- 藤六ヲ討ツ
- 長篠ノ役ニ
- 揆ニ青見
- 三河一向宗
- ル
柱
- 元和七年雜載
ノンブル
- 一三一
注記 (29)
- 539,653,104,2150とき籠城のうち、甲賀の士ひそかに志を右府に通ずるものあり、よりて、兵を合せて共
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