『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.395

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一儀起り候頃より、別て中惡く罷成候と也、, 々へりたりて、いつれもくつ法きけれは、是東照宮の御めくみと有かたく, 内々ニ而悔み申迄ニて罷在候處に、大坂城中の金藏より、大分の金銀を, たる大佛ニて、日本のかさりとも罷戌義に於そは、將軍家より御建立あ, 何に候へは、再興あられ可然と有之處に、修理了簡ニは、異國へ聞へ渡り, たるを、唯今の秀頼公の御身上を以の御再興と有は、いはれさる儀なり, したるに、此度東照君の御下知によりて、大佛再興有けれは、大坂の金銀下, の金銀を大坂に取込、何事にも出し給ふ〓なたれは、いつとなく万民困窮, られたるか能候、以前の大佛殿の義は故太閤の御威勢を以、御建立被成, く、是は大佛殿再興之義、東照君御差圖ありし〓は、太閤の御代に、日本國中, 大佛の入用と有て、毎度出し送り候段、修理心に相叶不申候處、鐘の銘の, と有之心底ニ候へ共、一老の片桐、奉行として取沙汰致さるゝ儀なれは、, 問て云く、大佛殿出來万民うるをツ、清韓長老文句之義いかゝ候哉、答て云, 事ニて候、片桐心得には、異國迄も聞へ渡りたる大佛殿の退轉と有も如, 大佛殿出來万民うるをい清韓長老文句之事, 〔落穗集, 二十, 萬民ノク, ソロギ, 慶長十九年七月二十六日, 三九五

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