『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.396

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めくつて並むなき莊嚴なれは、まに〳〵御佛のめくみを深くそ拜しける、, しかのみならす梵鐘を鑄て、金さくを以て是を鐘樓にになき、二六のむゝ, たり、大梁小椽轢として、其上に絡繹たる朱門を前にむらき、玉廊四方に, きに不淨の〓ふりを覺に、實に有かたき靈場とは成れり、一たひは荒原の, れけるか、いかなれは其文句の内に、關東の御諱をきつて、國をたすんする, 大坂、堺へ日本國のあふれ者ともあつまりて、旅人をなやまし、女子ともを, 秋の露、かさ〓て春の花をまつ、幾たむか世の中のかはり行こと是のみに, といふ〓あり、是によつて大佛供養の義出來したれとも、事成らすして大, 存し奉りける、去る程に、慶長十四年に大佛の事はしめ有て、同十九年の春, に、十六丈の廬舎那佛、三十仭の堂殿をゆへなく造り畢りぬ、誠に棟宇峨々, として青雲のうへにそひへし、地へ深く黄泉の底にとほる、千〓萬柱摧〓, き成るさりぎとは成れり、殊に大坂には、諸牢人を召抱へらるゝと之へて、, も限らす、扨ても鐘の銘といふは、南都の學匠たるか、東福寺の清韓長老書, 利取る〓を東國へ聞へて、いよ〳〵御機嫌あしくて御座有けるを、大坂に, も是を又何卒申りけ仕れとて、色々取々秀頼卿はしめ、御母公淀殿にも御, 慶長十九年七月二十六日, 三九六

  • 慶長十九年七月二十六日

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  • 三九六

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