『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.798

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三奧淨瑠璃, の類の古淨瑠璃六七種、元禄、寶永の頃、再彫したる摺板傳はりてあり、近く, に、阿彌陀の胸割、きりか手曾我、熊谷, 必せり、されば初て刊行せしは、元和年間ならんも知るべからず、こゝに摸, したる册子三種とも、昔ゑどり本ととなへし物の麗惡なるにて、丹緑青を, 信濃の國親子地藏の事をいふは、説經の微意を存したるに似たり、偖、やし, 文化中まで、春毎に製本して、奧州へのみくだせり、故に永壽堂にては仙臺, 江戸馬喰町の繪草紙屋永壽堂, 瑠璃屋の號、寛永八年にあるを見れば、是より前に數十種の彫本ありし事, ま、かるかやの二本に板元喜右衞門とあるは、江戸通油町鶴屋の祖なり、淨, 淨瑠璃ととなへ、又正本といふ、奧州には今も是等の淨瑠璃をかたる者あ, 前の三莊太夫の初には、丹後の國、鐵燒地藏の事をいひ、後のかるつやには, 官も、必當時の彫本あるべけれど未見、, 筆まかせに彩色ともなく點じて、最古雅なり、七色賣の條に引たる小栗判, り、三線はなく、扇にて拍子をとるのみなりとぞ、彼地へのみ賣くだすは此, 尼の畫人なるべし, 西村屋, ○中略、説經淨瑠璃かる, 與八, 〓やノ模刻ヲ載セタリ。, 奥淨瑠璃, 慶長十九年九月二十一日, 七九八

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  • 西村屋
  • ○中略、説經淨瑠璃かる
  • 與八
  • 〓やノ模刻ヲ載セタリ。

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  • 慶長十九年九月二十一日

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  • 七九八

注記 (23)

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