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新上東門院入内の節、勤仕は非也、新上東門院は後陽成帝の國母也、此帝, なれは十八年目也、又奧に著す所新上東門院侍女也しが、崩御以後、秀頼, う小野の姓を殘し置度に付、才藝有る人にと志ざすより、神子上典膳是を, 偖内記の妾たる女には、後年江戸へ參らるゝニ付、春日局へ頼み入、尾州御, 簾中入輿介添と見へたり、此文段にては、後光明院の女御ならでは、年代, 簾中御琴の師と成る、尤琴の上手也、後尾州にて尼と成り、淨閑と號す、おつ, 此箏の半琴に手を引出し、彌世に翫ぶ、この瞽者、始き寺尾〓投城可が下に, 幸に所望ゆへ、稻垣三左衞門と云人執持にて小野を貰ひ、小野治郎右衞門, と號す、おつう學才あるを以て、世に翫ふ琴の組の十二組の歌の文句を付, 不都合か、, 磨の曲、扇子の曲、雲井の曲の四組、是を極樂として習はす、夫より八橋〓投、, 天下太平、薄雪に朝雪、上の七組、薄衣、桐壺の裏二位となし、此後四季の曲、須, 夫よりおつうが作りし十二組表裏とわけて蕗、梅枝、心盡、, て、前の名を城談と云ふ、後山住勾當に任ぜしが、上永〓投が下に屬して、後, 即位天正十四丙ヴ七月なり、秀頼簾中君入輿、慶長八年癸卯七月廿八日, る, 慶長十九年九月二十一日, ○中略、琴ノ沿, 革ニカヽル、, 代ノ相違, 右ノ説一, ツイテ年, 八一六
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- ○中略、琴ノ沿
- 革ニカヽル、
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- 代ノ相違
- 右ノ説一
- ツイテ年
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- 八一六
注記 (23)
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