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淺利〓投、狹山〓投といふ兩人あり、此兩人工夫をつけそ、二上り三下り等, の孫弟子に、越後國にしけのいちと云者あり、此しけの都か弟子に宗都と, もとき十曲成しか、二曲斷絶せしなり、取初は後夜の曲と云もの計り也、そ, 組百番の餘出來たり、柳川、八橋兩人の工夫にで、本手、はて組の外に、八曲の, りんじつ、雲井らうさツ等き、長哥組百餘番の中にある曲也、さて淺利〓投, 説どもを案ずるに、何れも等しからず、されど專ら世に行れしは、寛永の頃, の長哥組等も色々出來たり、又淺利の弟子に市川〓投なとゝ云者ありて、, 秘曲を製したり、搖上、亂後夜、七ツ子、早舟、茶りん、淺黄、さかひなり、しまなり、, に工夫をつけて、本手組の外に、はて組なとゝ云物出來たり、扨柳川門人に, れきたへて又らんこやのみ殘りし也、それに十曲を製しそへしるなり、又, より公訴に及びしより、座中の免許を得しくし記をり、凡三絃の濫觴、前の, より盛になりて、〓の頃は專ら瞽者の態として、酒宴遊興の筵にき、のなら, いふもの、天明三年江戸へ出て居たる時、此來暦をかたりしなり、, 當道宗の記録に、芝居へ三味線を用る事、寛文十二年ェ子四月、大坂の芝居, 〔聲曲類纂〕, 〔聲曲類纂〕増三味線の權輿, 三味線の權輿、, 宮, ヒ始メシ, 組百餘成, 寛永頃ヨ, 味線ヲ用, 盛ニ流行, 芝居二三, はて組, リ三味線, コト, ル, 慶長十九年九月二十一日, 八四八
割注
- 宮
頭注
- ヒ始メシ
- 組百餘成
- 寛永頃ヨ
- 味線ヲ用
- 盛ニ流行
- 芝居二三
- はて組
- リ三味線
- コト
- ル
柱
- 慶長十九年九月二十一日
ノンブル
- 八四八
注記 (30)
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