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十八日, 〔異本大坂記〕, 阿部正之, のぶ、台徳院殿の仰に、我きのふ大權現と相はろりたまふ所、汝がいふ所に, を仰付られ、將軍樣伏見へ御上りの思召なり、此所の惣構として、堀を先ほ, たがはすと御感にありか〓、其時の上意に、寄手の諸卒寒氣をしのぎて城, るへきとして、繩張は、庚申堂、天王寺、難波の方より大郭也、堀の上へ櫓土塀, 慶長十九年十一月廿七日、正之、, 傳法の新家迄の間につけ城を構べき所やあるとた〓ぬ、正之、見及所の境, のおさへとして、兩御所は京伏見まて御くつろぎありて、來春暖氣をむか, 抔有へきとなり、兩上樣は、一心寺を御陣所となされ將軍樣は平野へ還御, 地の形勢を語りければ、則御前へ召ぐして、大繪圖を披く、正之か申候處を, 平野に參候す、本多佐渡守正信、正之をちかだぎて、北き國島、南き天滿より, をせめば、餘多の人をそこなふべし、さ多程につけ城をきりがしめて、大坂, は平野より御出合、茶臼山へ兩御所樣御上り、大坂城の附城同樣にとり手, 御發駕、天王寺へ御着、將軍樣, なり、, ントカヽリテオツヘキヤ、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 慶長十九年十一月十八日, 七百二十三所載, ○朝野舊聞哀稿, 四郎, 五郎、, 十三, 百四, ○十, 一月, 城ヲ築ク, ヲシテ付, ベキ地ヲ, 阿部正之, 堀ノ繩張, 相セシム, 慶長十九年十一月十八日, 九六
割注
- 七百二十三所載
- ○朝野舊聞哀稿
- 四郎
- 五郎、
- 十三
- 百四
- ○十
- 一月
頭注
- 城ヲ築ク
- ヲシテ付
- ベキ地ヲ
- 阿部正之
- 堀ノ繩張
- 相セシム
柱
- 慶長十九年十一月十八日
ノンブル
- 九六
注記 (36)
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