『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.148

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平兵衞なと助〓來て、自身鳥銃をはなつ、宮孫左衞門, 門、菅平内等、此塲にて能く働く、牧野右馬介も、鐵砲を能扱ふ、左衞門督殿の, かさみて、福島の堤にはけしき鐵砲せり合あり、安宅次郎左衞門、菅久右衞, 取て居たりける、引おくれたる素肌者を、主水か郎等難波藤兵衞追懸て首, 主水は興國公ゟ賜りたる馬にうち乘、福島の堤へと急にるに、はや敵は引, けるか、鐵炮にて肩を打ぬかせ、頓て引退く、日の出より午後迄迫合たるか、, をとる、同き十九日の朝、山脇主馬も組引具して加勢に來る、其後も少々は, 堤にならへ、人數は藪陰に居ける、此体能々見屆てく歸りたる、其日大阪勢又, 敵味方雜人には手負死人有たれとも、宗徒の兵恙なし、此樣子興國公の御, 本陣に聞へにれは、加勢として、小川主水徒足輕引具し、新家表へ指越さる、, し圖にて、鈴木登之介小舟に取のり、川漕上り、敵の形相を見積れは、刺物計, 從者藤岡六左衞門、野間一學、宮脇四郎太夫と、此方の御人數水野吉六、八木, も來り, 〓砲せり合ありけれ共、十八日ほと烈しき事はなし、同廿三日、福島新家村, 十一月二十二日、淺野但馬守、松平武藏守取新景, の敵を討て敗らる、, 大坂冬陣記, 森は左衞門督, 殿の家士なり、, 集所收, ○羅山別, (宮力〕, 池田玄隆, 新家ヲ取, ヲ福島二, 淺野長別, 送ル, 堤ニ戰フ, 玄隆援兵, 兩軍福島, 慶長十九年十一月十九日, 一四八

割注

  • 森は左衞門督
  • 殿の家士なり、
  • 集所收
  • ○羅山別
  • (宮力〕

頭注

  • 池田玄隆
  • 新家ヲ取
  • ヲ福島二
  • 淺野長別
  • 送ル
  • 堤ニ戰フ
  • 玄隆援兵
  • 兩軍福島

  • 慶長十九年十一月十九日

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  • 一四八

注記 (32)

  • 1177,623,56,1577平兵衞なと助〓來て、自身鳥銃をはなつ、宮孫左衞門
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