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候とて騷きし也、右御叱の上使、土井大炊頭被參候樣ニ申候へ共、水野日, 越す、天滿にては、町家明退き候家ニ本陣被成候、或時馬放れしを、夜打入, 所、當手の御〓使城和泉守、御軍法の由ニ〓差留候故、延引仕候由被仰上、, 則十二月朔日の朝、川ヲ御越、天滿へ御入被戌候、此時大塚主膳一番ニ川, 向、公, 攻伐のはかり事をなす、此とき金銀等をたまはな、, 物語申也、, 向守にて候也、其節忠政君の御側ニ、落合勘三郎罷在、茶ヲ取して覺候由, 大坂兩度の御陣に、おにせに, よりて、有馬玄蕃頭豐氏手に屬して、かの地におもむく、, 諸〓と共に、天滿口を攻させらる、, 松平周防守、岡部内膳正、市橋下總守、別所豐後守と共に、天滿口に陣とりて、, ○以下有馬豐氏ノコトニ係ル, 石尾治一かときより、荒木をあらためて、石, 〔寛永諸家系圖傳〕, 十二月、神祖、台廟、三十万騎を卒し、大坂へ御發, 有馬豐氏, 〔米府年表〕天此年, 仰をかうふり、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 寛政重修諸家譜, 慶長十九年十二月一日, 池田重信, 〔米府年表〕天此年〓だ〓十二月、神祖、台廟、三十万騎を卒し、大坂へ御發, 彌右衞門, 豐氏, 百五, 備後守, 玄蕃〇上略、吹田二陣, 十三, ○慶長, 八百三, ○有馬, 十八, 頭セシコトニ係〓, 十九年, 頭, 十, 九十, 有馬豐氏, 池田重信, 五五二
割注
- 彌右衞門
- 豐氏
- 百五
- 備後守
- 玄蕃〇上略、吹田二陣
- 十三
- ○慶長
- 八百三
- ○有馬
- 十八
- 頭セシコトニ係〓
- 十九年
- 頭
- 十
- 九十
頭注
- 有馬豐氏
- 池田重信
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- 五五二
注記 (42)
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